小説『第三 若草物語』は、オルコット『若草物語』シリーズの三作目。
前作『続 若草物語』最後にジョーとベア教授が開いた学校「ベア学園」で、生徒や姉妹の子どもたちが織りなす半年間を描いている。
少年たち、大人たちそれぞれの心情が細やかで、読んでいて心が揺さぶられる。
今回は、角川文庫の『第三若草物語 (角川文庫)』をもとに、あらすじとみどころをお伝えするよ。
この記事で紹介する本
この記事でわかること
- 小説『第三 若草物語』あらすじとみどころ
- 印象的なエピソード
『第三 若草物語』とは?
『第三 若草物語』(原題”Little Men”)は、アメリカの女流作家ルイザ・メイ・オルコットが1871年に発表した小説。
1868年『若草物語』(原題”Little Women”)、1869年『続 若草物語』(原題”Little Women Married, or Good Wives”)に続く第三作目として発表された。
シリーズは『若草物語』、『続 若草物語』、『第三若草物語』、『第四若草物語』(原題”Jo's Boys”)の全4作(邦題は角川文庫より)。
日本では1925年、 清涼言の翻訳で『小さき人々』と題され、双樹社より刊行された。
シリーズ紹介(邦題は角川文庫より)
- 『若草物語』:マーチ家の四姉妹の10代を描く。長女メグ16歳、次女ジョー15歳、三女ベス13歳、四女エイミー12歳。感想記事はこちら。
- 『続 若草物語』:第一作に続く、マーチ家の四姉妹の物語。メグの結婚、ジョーの仕事とベア教授との出会い、ベスの死、エイミーとローリーの婚約などが描かれる。感想記事はこちら。
- 『第三 若草物語』:ジョーとベア教授がプラムフィールドに開いた学校「ベア学園」の少年たちの生活が描かれる。(この記事)
- 『第四 若草物語』:前作から十年。少年たちは青年になり、プラムフィールドは大学になっている。感想記事はこちら。
この記事では第三作目の『第三 若草物語』を紹介するよ。
登場人物
大人たち
ジョー(ベア夫人):マーチ家の次女。ベア先生と結婚し、ベア学園を開校。
フレデリック・ベア:ジョーの夫。ベア学園をジョーとともに営む。ドイツ人。
メグ(ブルック夫人):マーチ家の長女。ローリーの家庭教師・ジョン・ブルックと結婚。
ジョン・ブルック:メグの夫。堅実で誠実。
エイミー(ローレンス夫人):マーチ家の四女。お隣に住んでいたローリーと結婚。
セオドア・ローレンス(ローリー):エイミーの夫。ジョーの親友。
マーチ氏・マーチ夫人:四姉妹の両親。
ローレンスさん:ローリーの祖父。
姉妹の子どもたち
ロブ:ジョーとベア先生の長男。5歳。
テディ:ジョーとベア先生の次男。赤ちゃん。
デミ:メグとジョン・ブルックの長男。双子の兄。10歳。ベア学園で学ぶ。
デイジー:メグとジョン・ブルックの長女。双子の妹。10歳。ベア学園で学ぶ。
ジョジー:メグとジョン・ブルックの次女。赤ちゃん。
ベス:エイミーとローリーの長女。
フランツ:ベア先生の甥。16歳。ベア学園の監督役。
エミル:ベア先生の甥。14歳。ベア学園で学ぶ。
生徒たち
ナット:孤児。ヴァイオリンが得意で優しい。12歳。
ダン:ナットと町で出会いベア学園にやってきた不良少年。14歳。
ナン:男勝りの女の子。デイジーと正反対の性格。10歳くらい。
トミー:わんぱくのいたずらっこ。
ジャック:わるがしこいところがある。
ネッド:ほらを吹くところがある。14歳。
ジョージ(スタッフィ):太っていて甘いものに目がない。
ビリー:知的障害がある。13歳。
ディック:背中が曲がっている。8歳。
ドリー:吃音がある。8歳。
あらすじ
一言あらすじ
ジョーとベア先生がプラムフィールド開いた学校「ベア学園」では、さまざまな事情を抱えた子どもたちが集まり共同生活を送っていた。
盗難や火事などの事件を通り抜けながら、少年少女たちは個性豊かに成長していく。
ジョー・メグ・エイミーと夫たち、子どもたちも加わり織りなされる「若草物語」のその後。
このあとは詳しいあらすじ。(ネタバレあり) 感想から読みたいならこちら(後ろへとびます)→→本を読んだ感想
1.ナット
ある日、プラムフィールドに孤児でヴァイオリン弾きの「ナット」という名の男の子がやってくる。
ナットはプラムフィールドに受け入れられ、初めて与えられた愛情に喜びを感じる。
わんぱくトミー、双子のデミ&デイジーと仲良くなる。
プラムフィールドで暮らす他の子どもたちの紹介。
2.ナットの罰
何事にも一生懸命なナットは、学力をつけ、ヴァイオリンを弾いてお金をもらうこともできるようになる。
ジョーとベア先生が心配していたのは、ナットが「うそをつく」ことだった。
ある日、ベア先生はナットがうそをついた罰として「ナットがベア先生をムチで打つ」ことを命じる。
ナットは尊敬するベア先生にムチを打つことを嘆き、二度と嘘はつかないと誓う。
3.デイジーの台所
プラムフィールドの唯一の女の子デイジーは、男の子たちの遊びに入ることができなかった。
ジョーはデイジーが自由にお料理できるように、小さいが本物の台所を子ども部屋に取り付ける。
台所に夢中になったデイジーは、失敗を繰り返しながらも料理の練習にいそしむ。
男の子たちはデイジーの料理に興味を持ち、デイジーにやさしく接するようになる。
4.ダン
ナットがかつて町で会った不良少年「ダン」がプラムフィールドにやってくる。
ダンは子どもたちの間では少しずつ打ち解ける様子も見せが、ジョーとベア先生には頑なな態度を取り続ける。
ジョーとベア先生が忍耐強く、幾度も許されてきたダンだったが、とうとう酒とギャンブルが元のボヤ騒ぎを起こし、プラムフィールドを出ていくことになる。
ダンはベア先生の知り合いのページさんのところに移るが、数週間後に姿を消す。
5.ナン
ジョーが「デイジーに女の子の友だちが必要」と言ってプラムフィールドに受け入れたのは、おてんばな女の子「ナン」だった。
ジョーは、男の子の中に混じって何でもやりたがるナンを子ども時代の自分と似ているといい、愛情の目を向ける。
ナンはさまざまないたずらや失敗を繰り返すが、聡明で優しい性格でプラムフィールドの人気者となっていく。
6.小さなパーティ
ある日、デイジー・ナン・ベスが小さな舞踏パーティを計画し、デミ・ナット・トミーを招待する。
男の子たちはごちそう目当てで訪問し、無礼な態度をとってパーティは失敗に終わる。
ベア先生のアドバイスを受け、男の子たちは凧あげパーティを計画し、ジョーと女の子たちを招待する。
凧あげパーティーは非常に楽しく終わり、男の子たちは「お客様が立派であればパーティーは成功する」という教訓を得る。
7.ダンの帰還と博物館
1ヶ月以上行方をくらましていたダンが、ぼろぼろになってプラムフィールドに帰ってくる。
手厚く看護し、もう一度プラムフィールドに受け入れることに決めたジョーとベア先生に、ダンは心から感謝し、心を入れ替える。
ローリーは、虫や動物が好きなダンや子どもたちが楽しめるように、プラムフィールドに博物館を設置する。
子どもたちは自分たちの宝物を持ち寄り、ダンは博物館の館長に任命される。
8.ハックルベリー摘み
ある日、子どもたちは連れだってハックルベリーつみに出かけるが、ナンとロブが夢中になって摘んでいるうちに道に迷う。
ダンの機転により二人は無事に発見され事なきを得るが、ジョーはナンに反省が足りないと感じる。
ジョーは、昔ジョー自身が母親から受けた罰をナンに与え、ナンは反省する。
9.ベス
プラムフィールドにベスが一週間滞在することになる。
金髪で美しい小さなプリンセスのようなベスは、たちまち他の子どもたちを魅了し、女王さまとして扱われる。
男の子たちは、本能で「女性に対する礼儀・忠誠心」を感じ始め、いじめたり恥ずかしく思ったりするものではないことを学び始める。
10.盗難事件
トミーが貯めていたお金がなくなり、お金のありかを知っていたナットがまっさきに疑われる。
ダンはナットの無実を信じ、ことを解決するために「自分がやった」と言い、周囲は落胆する。
その後ジャックが自分が真犯人であることが判明し、ナットとダンの無実が証明される。
11.生徒たちの成長
おてんばなナンは薬草畑の世話に精を出し、子ども心に医学の道を志す。
トミーや他の男の子たちは、お金の事件でダンを疑ったお詫びとして、顕微鏡を贈る計画を立てる。
ジョーはデミとダンがお互いに良い影響を与え合っていることを見抜き、ダンをほめる。
かつての自由気ままな生活が染みついているダンは、プラムフィールドから逃げ出したい発作と闘っていたが、ローリーの暴れ仔馬を馴らすことにおもしろみを見出す。
13.収穫の秋
プラムフィールドの博物館で作文の発表会が開催される。
会の最後でダンへの顕微鏡の贈呈式が行われ、ダンは嬉しさと感謝にあふれる。
一人ずつ割り当てられていた畑も収穫の季節を迎える。
14.ジョン・ブルックの死
メグの夫でありデミとデイジーの父・ジョン・ブルックが死を迎える。
ジョーとベア先生の留守中、他の生徒たちは自分たちでしっかり生活することで支えになろうとする。
ジョンの生前の誠実さ、寡黙さ、勤勉さは、死後も周囲の人に称賛された。
デミは父ジョンの教えを守り、実際的で男らしい人間になろうと決意する。
15.感謝祭
プラムフィールドでは感謝祭のために生徒たち、マーチ家、ブルック家、ローレンス家、ベア家が集う。
ダンはプラムフィールドを出た後にお世話になったハイド氏と再会し、未来の冒険旅行に希望を燃やす。
ジョーは、この半年間の子どもたちの成長と自分たちの仕事を振り返り、満足する。
『第三若草物語』を読んだ感想
前作『続若草物語』で、ジョーとベア先生はマーチおばからゆずり受けたお屋敷プラムフィールドに「ベア学園」という学校を開いた。
今作は、その「ベア学園」で繰り広げられる半年間のお話。
子どもたちひとりひとりが個性豊かで、子ども特有の葛藤や人間関係が丁寧に描かれ、ひきこまれる。
それ見守る大人たち、特にジョーとベア先生の心情が豊かに描かれているところも見どころ。
『第三若草物語』感想
「ベア学園」ってどんな学校?
ジョーとベア先生がプラムフィールドに開いた「ベア学園」は、次のような特徴がある。
ベア学園ってどんな学校?
- 寄宿制の学校
- 序盤では男の子13人、女の子1人(途中から男子1人、女子1人増える)
- 生徒は自分の畑や生き物をもち、学校生活を通してお金を稼ぐことを学ぶ
- 孤児や障害をもつ子どもも一緒に学ぶ
男の子ばかり
ベア学園の生徒はほとんど男の子。唯一の女の子は、メグの娘のデイジーだけ。
これは、ジョーの教育に対する理想が盛り込まれている。
ジョーは前作『続若草物語』でこう語っている。
私、男の子たちのために学校をつくりたいと思っているの。りっぱな、楽しい、家庭的な学校よ。私がその子たちの世話をして、フリッツが教えるの
引用元:『続若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
学校を開く前から、ジョーには「母親のない男の子たちに、愛情を持って世話をし導いてやりたい」という思いが強かったんだよね。
ジョーと、悩みを抱える男の子たちが心の通わせる描写は、今作でも見どころの一つ。
今作後半、男勝りの女の子「ナン」が入学。
デイジーとナンがいることで、男の子たちも自然と「礼儀」や「優しさ」を学んでいく。
「自立」を目指す
ベア学園では、学問だけするのではなく、生活の中で自分でお金を稼ぐことも推奨している。
子どもたちは卵を売ったり、バイオリンを弾いたり、得意なことをいかしてお金を稼いでいる。
また、子どもたちは自分の畑で作物を育てることを通して、世話を怠けると実らないことを身を持って学ぶ。
これは、ベア学園の生徒の大部分は貧乏な家の子どもであり、いずれ自分で生計を立てなくてはならないから。
ジョーとベア先生は学問だけでなく、子どもたちの将来に直接的に役立つ考え方も教えているんだよね。
ベア先生は、空想的な本ばかり読んでいるデミに算術も学ぶようにすすめる。
「好きを伸ばす」ことだけでなく「役立つ」という意識を大切にしているんだよね。
孤児や障害児も一緒に学ぶ
ベア学園では、孤児や障害児も一緒に学んでいるのが大きな特徴の一つ。
孤児のナットとダン、吃音症のドリー、背中が曲がっているディック、知的障害のあるビリー。
これは、オルコットの父親であるエイモス・オルコットが実際に開いた小さな学校をモデルにしたと言われている。
エイモス・オルコットは「黒人の子どもにも平等の権利を与えるべき」という、19世紀半ばにしては急進的な理想をかかげたため、学校は数年で閉鎖に追い込まれた。
オルコット自身は、父親の行き過ぎた理想主義によって家族が経済的に大変だったこともあり、父の思想に手放しで賛同はしていない。
自伝的小説と言われる一作目『若草物語』でも、母親や姉妹はそのまま反映させたけど、父親はあまり登場させなかった。
だけど今作『第三若草物語』では、父の思想の一部を反映させ、自分の理想も盛り込んで「ベア学園」として描いているんだよね。
参考:『若草物語』オールコット作、恩地三保子訳、グーテンベルク21、2012年
ジョー・メグ・エイミーと夫・子どもたち
今作『第三若草物語』でジョー・メグ・エイミーと家族がどうなっているか紹介するね。
ジョーとベア先生
ジョーと夫・フレデリック・ベア(ベア先生)は、プラムフィールドに子どもたちと暮らしながらベア学園を営んでいる。
ロブとテディ
ジョーとベア先生の間には、「ロブ」「テディ」という二人の男の子がいる。
長男ロブは、元気でひとときもじっとしていない小さな男の子。
次男テディは赤ん坊で、みんなから可愛がられている。
二人とも小さくまだみんなと一緒に学んではいないけど、ジョーとベア先生の二人の子への愛情を描く場面はたくさん登場する。
フランツとエミル
フランツとエミルは、ジョーとベア先生が出会ったときから、ベア先生が一緒に住んでいた甥っ子。
今作ではフランツは16歳、エミールは14歳になっている。
フランツはベア学園では一番年上で、生徒たちの監督役でもあり、ジョーの片腕として頼られる存在になっている。
弟のエミルはやんちゃで海へのあこがれが強く、将来は水兵になることを望んでいる。
メグとジョン・ブルック
メグとジョン・ブルックは結婚して十年が経ち、変わらずマーチ家の近くの小さな家に暮らしている。
三人の子どもがいる。
デミとデイジー
男の子と女の子の双子・デミとデイジーは、十歳になる。
絆が強い二人は離れることなく、普段はプラムフィールドに暮らしながら学んでいる。
デミは本が好きで想像力豊かな美しい子どもで、祖父マーチ氏(メグの父)と心を通わせている。
デイジーは母メグによく似た、家庭的なことが好きな優しい女の子。
ジョジー
ジョジーは女の赤ちゃんでブルック家の末っ子。
今作ではほとんど登場しないが、次作『第四若草物語』では演劇好きの少女に成長している。
エイミーとローリー
エイミーとローリーはマーチ家の隣のお屋敷で、ローレンスおじさまと一緒に暮らしている。
ローレンス家はベア学園をときに金銭面でサポートしながら、あたたかく見守っている。
ベス
エイミーとローリーが目に入れても痛くない一人娘が、小さなベス。
「ベス」という名はもちろん、若くして亡くなったエイミーの姉「ベス」からとっている。
今作では小さな女の子だけど、すでに年上の男の子たちを従えるカリスマ性を備えている。
生徒たち
ジョーにとって血はつながっていなくても自分の子ども同然なのが、ベア学園で学ぶ子どもたち。
特によく出てくる孤児の「ナット」と「ダン」、おてんばな女の子「ナン」は、ジョー・メグ・エイミーの子どもたちと影響を与え合い、ともに成長していく。
ナット、ダン、デミ、デイジー、ナン、ベスは、次作『第四若草物語』でも主要メンバー。
今作は、彼らの青春時代(恋愛も!)を描く次作への伏線にもなっている。
孤児ナット
今作初めにベア学園にやってくるのは、12歳の孤児ナット。
何事にも一生懸命で優しいナットは、プラムフィールドでもすぐに受け入れられる。
純粋なナットの欠点
ナットは孤児になる前、父親から暴力を受けながら路上でヴァイオリンを弾く生活をしていた。
そんな恵まれない生い立ちにもかかわらず、性格は純粋で、ベア夫妻の愛情に一生懸命こたえようとしている姿が心に響く。
そんなナットにしみついてしまった欠点が、「うそをつくこと」。
もともと父親の暴力から逃れるためについたうそだったけど、今では周りの良い反応を得るために、自然に小さなうそをつくようになっていたんだよね。
たちのわるいまっ黒なうそではなくて、せいぜい灰色、たいていはたあいのない白いうそではあったが、そんなことをいってもなんにもならない。うそはうそである。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
大人の社会では、ことをうまく運ぶために小さいうそをつくのは当然のこと。
行きたくないお誘いを断るときとか、よく嘘をつくなぁ。。
だけどベア学園では、「うそをつくことは正しいことではない」というシンプルな理由から、いつでも本当のことを言うことを徹底している。
それがときに難しく感じることであっても、大切なこととして教えているんだよね。
ベア先生の与えた「罰」
自分でも直したいけれどなかなかうそをやめられないナットに、ベア先生はある「罰」を提案する。
それは「ナットが次にうそをついたら、ベア先生をムチでたたく」という罰。
ナットは、自分が罰せられることは耐えられても、大好きなベア先生をムチでたたくなんて絶対にできないと、気を引きしめる。
だけどある日、とうとう小さなうそをついてしまうんだよね。
罰を拒否するナットに、ベア先生は断固としてやらせ、ナットは泣きながらムチをあてる。
先生の手を自分の両手に抱きしめて、その上に顔をのせ、愛情と恥ずかしさと後悔の念にくれてすすり泣いた。
「もう忘れません! きっとです!」
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
この一件でナットは、二度とうそをつくまいと、心から決心する。
ムチをめぐるエピソードは『赤毛のアン』シリーズの『虹の谷のアン』にも登場する。
子どもが改心するのは、自分の罪によって大好きな大人が傷つくのを目の当たりにするときなのかもしれない。
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盗難事件で疑われる
数カ月後、ベア学園の生徒トミーのお金が盗まれる事件が起こる。
ナットはトミーのお金のありかを唯一知っていたので、まっ先に疑われる。
ベア先生の厳しさ
ここで見せつけられるのは、「周りの目」という現実の厳しさ。
ナットは必死に「自分はお金をとっていない」と否定するけれど、周りの生徒はもちろん、ベア先生ですらナットが犯人だと思っているんだよね。
きみには昔の欠点があるために、一度もうそをついたことのない子どもたちと同じように信じてあげたいときでも、つい疑いたくなるのだよ。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
ベア先生はナットをかわいがっているけど、そのことと「無実を信じること」とは別。
「状況証拠と過去のうそを冷静に考えれば、ナットが犯人だと疑わざるを得ない」という厳しい現実をナットに示したんだよね。
一番信じてほしいベア先生に信じてもらえなかったナットはどれだけ傷ついただろう。
ナットが訴えても「ナットが自分がやったと打明けてくれるのを待っている」というスタンスを崩さないベア先生、なんだか冷たく感じました。
ナットを信じるデイジーとダン
この日からナットは、生徒みんなからも疑いの目で見られるようになり、とても苦しい一週間が続く。
そんな中、唯一心からナットの無実を信じていたのが、デイジーとダン。
デイジーには、根拠はないけれど「ナットがやるはずがない」と信じ、他の男の子に背を向けてナットと一緒にいた。
ふだんはおとなしく目立ったことはしないけれど、垣間見える芯の強さは、かつてのマーチ家の三女ベスに共通するものを感じる。
ダンとの友情
ダンは性格は荒っぽいけど、彼なりの友情でナットを助けようとする。
それは、自分がお金をとったと言って罪をかぶること。
ダンは、親友ナットが疑いの目に苦しんでいるのを見て、それをやめさせるために自分が罪を着たんだよね。
結局、トミーのお金をとったのは別の生徒であることが発覚し、ナットもダンも潔白が証明された。
このとき、みずから罪をかぶり親友をかばったダンは、先生から生徒からも称賛される。
最終的に真相がわかって一件落着。
その一方で、ももちんが気になったのは「周りがナットを疑ったことを反省する」描写がないこと。
ナットが無実を訴えたにもかかわらず、疑われ無視されて傷ついていたことには、誰も謝らない。
なんか納得いかなかった。。
不良のダン
さっきも出てきた少年「ダン」は、ナットがかつて街にいたときの友だち。
大人たちに心を開かず、次々に問題を起こし、一旦はベア学園を出ていく。
一筋縄ではいかない
ナットが連れてきたダンをひと目見たとき、ジョーはダンが相当な不良であることをさとる。
かたくなな、疑い深い表情をして大きな黒い目でじっと自分を見すえている、この冷ややかな若者とうまくやってゆくのは容易なことではないと思ったのである。その表情は悲しいほど少年らしくなかった。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
ダンはベア学園にしばらくいることになるが、次々と問題を起こす。
ダンが起こした事件
- エミルとけんかし重傷を負わせる
- 周りの男の子をけしかけ、大事な牛を闘牛遊びで傷つけ、へとへとに疲れさせる
- ベア先生の留守中に男の子たちを誘い、ビールを飲みながらポーカーをやる。このとき吸っていたタバコの火が燃え移り、ボヤ騒ぎになる
ダン、短期間でやらかしすぎ・・・
ダンに更生の気持ちがなかったわけではなく、「ベア学園にいたい」という気持ちはあった。
だけど、一度も大人に優しくされたことがなく一人で生き抜いてきたダンには、街にいたころの善悪を無視した自由さがしみついていたんだよね。
ボヤ騒ぎで、とうとうベア先生もダンをおいておけないと判断し、知り合いのところへダンを移すことを決める。
ダンは内心は反省していたし、もう一度残りたいと頼もうとも思ったけど、結局は心を開くことなくベア学園を去る。
帰還
次の受け入れ先からも逃げ出したダンは、1ヶ月以上消息を経った後、ぼろぼろの状態でプラムフィールドに戻ってくる。
ジョーとベア先生は、ダンを息子と同じように育てることを決める。
素直なダン
ジョーが庭で眠っているダンを見つけたときの、ねぼけた様子がかわいい。
ダンは目をあけて夫人を見たが、まだ夢がさめきらないようににっこりして、ねむそうにこう言った。
「ベアおかあさん、ただいま」
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
ダンにもこんな子どもらしいかわいいところがあるんだね。ほっこり。
次の瞬間、目を覚ましたダンはぶっきらぼうになったけど、もう以前の反抗的な態度は薄らいでいた。
この1ヶ月あまり辛い思いをして、ベア学園がどんなに暖かく恵まれた環境だったのか、思い知ったのかもしれない。
そしてジョーとベア先生の会話を聞いたダンは、ひどい悪さをした自分がゆるされたことを知る。
短い沈黙のあいだにふたつぶの大きな涙がダンの目にたまり、たちまちあふれて汚れた頬の上にころがりおちた。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
ダンはこの日から、今度こそ心からジョーとベア先生の愛情に報いようと決心する。
先に出てきた、盗難事件でダンがナットをかばったエピソードは、この「ダンの帰還」後に起こる出来事。
ジョーとの絆
印象的なのが、ダンとジョーの深い絆。
ダンの反抗的な態度にも関わらず、ジョーは初めからダンを信頼しているんだよね。
その理由は、ジョーの赤ちゃんテディがダンにとてもなついたこと。
母親の心は自分の子どもをかわいがるものを本能的に見ぬくものだ。だからベア夫人はじきに、がさつなダンにもたしかにやさしいところがあると見ぬいてしまったのである。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
大きな体格の不良少年には、大人でも距離をおきたくなる。
でも、そんなうわべではなく良いところを見てくれる大人、ダンにとっても初めてだったんだろうね。
また、ジョー自身も少女時代はじゃじゃ馬のようだったので、少なからずダンの気持ちを理解していたんだよね。
問題を起こしてもあきらめず、何度も立ち直るチャンスをくれたジョーの愛情に、帰還後のダンはこたえた。
ロブが迷子になったときは探しに行き、ジョーが疲れているときはテディの面倒を見ることもあった。
ジョーもダンを自分の息子のように信頼し、二人は深い絆で結ばれていく。
デミ
メグの息子デミは、祖父で牧師のマーチ氏の宗教的なお話が大好きで、頭がよい男の子。
家族から愛され育まれてきた道徳的な精神は、年上のナットやダンにも大きな影響を与える。
ダンと感化し合う
今作では、10歳のデミと14歳のダンがお互いに学び合う。
デミは道徳的でつつしみぶかいけれど、本の虫で実際的な知恵にうとい。
ダンには勇気や自然の知恵があるけど、直情的であらっぽい性格。
お互いに弱いところを自覚していたので、喜んで教え合う。
きみはわるい言葉を欠点のひきだしに入れて、鍵をかけるといいんだよ。ぼくは自分の欠点を直すのにそうやってるんだ
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
デミがダンに教える「心の整頓法」は大人から押しつけられたものではなく、自ら「良くなりたい」という気持ちで取り組んでいる方法。
かつてマーチ家の四姉妹が『天路歴程』を片手に自ら良くなろうと取り組んだ道を、デミもたどっているんだよね。
ダンのほうも、年下のデミから謙虚に学ぼうとするところが素敵。
二人のお互いへの友情と敬意が感じられるエピソード。
『天路歴程』とは?
小説『若草物語』あらすじと感想。四姉妹の成長と家族の絆を描く名作
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父ジョン・ブルックの死
デミが大きく成長するきっかけとなったのは、父ジョン・ブルックの突然の死。
ジョン・ブルックは「帳簿係」という職を日々忠実に正直につとめあげ、亡くなるときにはメグが一人で暮らしていける財産を遺し去っていった。
ベア先生は、一見目立たない「善良であること」に満足していたジョン・ブルックのことを生徒たちに話して聞かせる。
あのひとはあらゆることで自分の義務をきちんと遂行しただけなのだ。それを楽しく忠実にやったから、貧乏でも孤独でもつらい仕事が何年続いても、いつも忍耐強く勇敢で幸福でいられたのだよ。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
一作目『若草物語』からずっと変わらない、正直さと誠実さが印象的なジョン・ブルック。
「他人のために生きること」の大切さを身をもって示し、デミにも影響を与える。
デミの変化
父ジョン・ブルックの死後、デミは変わる。
外見的にも身長が伸び、子どもっぽい遊びをしなくなり、嫌いだった算術も積極的に学ぶようになる。
家族のために働いてお金を得ることにも興味をもち、ジョーに相談するんだけど、そのときの言葉が意外。
それじゃ多すぎませんか。そんなのぼく一日でやれますもの。ちゃんと公平にして払いすぎないようにしてください。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
これまで実際的なことにうといデミだったけど、ここにきて父親から受け継いだ「正直さ」「家族のため」という精神が現れてくる。
父親への想いを自分なりに昇華させて、前向きに生きていこうとするデミ、すごいなあ。
タイプの違う三人の女の子
プラムフィールドで周りの男の子たちに影響を及ぼしていくのが、数少ない女の子たち。
デイジー・ナン・ベスは、それぞれがかつてのマーチ家の四姉妹の個性を受け継いでいて、見ていて微笑ましい。
デイジー
メグの娘でデミの双子の妹のデイジーは、料理やお裁縫が好きなおとなしい女の子。
家庭の切り盛りにあこがれ、きちんとしようがんばる姿は、メグの新米主婦の頃を思い出させる。
ナットがみんなに疑われていたときに、ただ一人信じて寄り添う一途さは、どことなくベスに似ている。
今作では、初めはデミにべったりだったけど、途中からナンが入ることによって女の子同士の交流が生まれる。
ナンの影響を受けて、活発さや自立心も培われていく。
ナン
今作中盤でやってくる、11歳の女の子ナン。
ナンはジョーの少女時代を思い起こさせるような、男の子みたいで独立心の強い女の子。
ベア学園のもうひとりの女の子デイジーとは正反対の性格だが、お互いに影響を与えあってよく一緒に遊んでいる。
男の子の遊びに勇敢に入り、怪我をしても絶対に泣かない負けん気の強さがおもしろい。
おてんばで大人たちが手を焼いていたナンも、薬草の知識や手当てをしてあげることにエネルギーを注ぐようになり、後に医療の道を志す。
ベス
エイミーとローリーの一人娘ベスは、まだ小さいのでベア学園に入学はしていない。
だけど、両親が留守のとき、一週間ほどベア学園に預けられたときのカリスマっぷりがすごい。
金髪で色白、愛らしさの塊のようなベスは、ふだん荒ぶっている少年たちを魅了し、たちまちおとなしくさせるんだよね。
彼女はただ自分がいればどこも明るくなり、自分がにっこりすればほかのひともにっこりし、自分が悲しめばみんながやさしい同情をよせるということしか知らなかった。
引用元:『第三若草物語』L・M・オルコット著、吉田勝江訳、角川文庫、2008年
生まれながらに優雅さと美しさを持ち、苦労せずに幸運を味方にする感じ、ほんとエイミーとローリーの血を受け継いでいるなあ、と思う。
そのカリスマは高慢さやうぬぼれではないので、誰の嫉妬も受けないところもすごい。
男の子たちは、この小さなベスに気に入ってもらいたくて、自分の欠点や欲を振り返る。
そして、いままではわからなかった女の子への忠誠心や親切心も知っていくんだよね。
次作『第四若草物語』では、個性豊かに成長した十年後のデイジー・ナン・ベスを見ることができるよ。
感想おさらい
講談社青い鳥文庫『若草物語3 ジョーの魔法』
今回読んだのは、角川文庫の『第三若草物語』。
角川文庫以外で唯一シリーズ全4作刊行しているのが、講談社青い鳥文庫。
谷口由美子の訳文は、角川文庫と読み比べると、難しい単語が使われていないのですらすら読める。
ふりがなつきでイラストもかわいいので、古典のかたくるしい先入観なく読める。
登場人物をイラストで見ることができるのもうれしい。
藤田香による現代的なイラストがかわいらしい。
全章あるが完訳ではない。
アニメ『若草物語 ナンとジョー先生』
引用元:若草物語 ナンとジョー先生 第1話「プラムフィールドへようこそ」/日本アニメーション・シアター今作『第三若草物語』を原作にしたアニメが、1993年にフジテレビ系列の「世界名作劇場」で放送された『若草物語 ナンとジョー先生』。全40話。
監督は、2005年4月からリニューアルしたアニメ『ドラえもん 』の総監督もつとめた楠葉宏三。
ジョーと夫のベア教授がプラムフィールドに開いた学校生活が描かれている。
原作『第三若草物語』では明確な主人公はなく、エピソードごとに違う人物にスポットがあたっていたが、アニメでは少女「ナン」を主役においている。
ナン役の声をつとめたのは、松倉羽鶴。
ナンに想いを寄せる少年トミーの声は、アニメ『楽しいムーミン一家』でムーミントロール役をつとめた高山みなみ。
『愛の若草物語』につづき、ジョー先生役を山田栄子がつとめている。
参考:Wikipedia
参考映画・アニメ『若草物語』まとめ。特徴・監督・出演者など7作品比較
オルコットの名作『若草物語』は、映画、アニメなどでも愛されている。 この記事では、これまで映像化されてきた『若草物語』を紹介するよ。 こんな方におすすめ 2020年6月公開『ストーリー・オブ・マイライ ...
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まとめ
小説『第三 若草物語』まとめ。
ジョーとベア教授が開いた学校「プラム・フィールド」で、生徒や姉妹の子どもたちが織りなす半年間のお話。
十年後を描いたシリーズ完結作については、こちらの記事をどうぞ。
小説『第四若草物語』あらすじと感想。シリーズ完結!子供達の歩む道
小説『第四 若草物語』は、オルコット『若草物語』シリーズの完結作。 プラム・フィールドの子どもたちは若者に成長し、職業や恋愛に悩む。 メグ・ジョー・エイミーが再び手を取り合い、我が子たちを見守る姿に心 ...
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『若草物語』記事一覧
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