『ムーミンパパ海へいく』はトーベ・ヤンソンの小説「ムーミン」シリーズの8作目。
ムーミンパパが家族を連れて島へ移住し、灯台守になる。
パパ、ママ、ムーミントロール、それぞれの心の変化を繊細に描いている。
シリーズの中でムーミン一家が登場する最後の作品。
この記事で紹介する本
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『ムーミンパパ海へいく』とは?
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『ムーミンパパ海へいく』(原題”Pappan och havet”)は、フィンランドの女流作家・画家のトーベ・ヤンソンにより、1965年に刊行された。
1945~1970年に刊行された小説「ムーミン」シリーズ全9作のうちの第8作目。
日本では1968年、小野寺百合子訳で講談社より刊行された。
参考:Wikipedia
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登場人物
- ムーミントロール:ムーミン一家の好奇心旺盛な優しい男の子。
- ムーミンパパ:ムーミントロールの父親。夢見がちでロマンチスト。
- ムーミンママ:ムーミントロールの母親。常に黒いハンドバッグを携帯している。
- ちびのミイ:裁縫箱にもぐりこめるほど小さい女の子。今作でムーミン一家の養女となっている。
- モラン:触れるものを凍りつかせる女の魔物。
初登場
- うみうま:海からあらわれて、月夜の砂浜で美しく舞う生きもの。
- 漁師:島のはずれにある小さな家に住む無口な男。
参考:Wikipedia
あらすじ
毎日が平和すぎてものたりないムーミンパパは、ある日一家と海をわたり小島の灯台守になります。
海はやさしく、ある時はきびしく一家に接し、パパはそんな海を調べるのにたいへんです。
機知とユーモアあふれるムーミン物語。
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
第1章 水晶玉の家族
8月末の穏やかなムーミン谷。
家族から頼ってもらえないことに不満を抱くパパは、庭の水晶玉を眺めて心をなぐさめる。
モランがランプの明かりをもとめてムーミン屋敷のそばに現れる。
第2章 灯台
ムーミン一家は灯台のある島に向けて船出し、モランは遠くからゆっくり船を追いかける。
島では灯台の鍵が閉まっており、ムーミンパパが鍵を見つけようやく引っ越す。
ムーミンパパは灯台の明かりをつけることができず、灯台守の仕事ができないことにイライラする。
島の唯一の住人の漁師の登場。
第3章 西風
ムーミントロールが素敵な空き地を見つけるが、「あかあり」がたくさんいたことをミイに話す。
ムーミンパパは、灯台の明かりをつかないことをふりきるように他の仕事を始める。
ムーミントロールが美しいうみうまと出会い、モランも姿をあらわす。
第4章 北東の風
ムーミンパパの仕事は失敗が続き、釣りしかやらなくなる。
ミイがムーミントロールの空き地に灯油をまき、ありを全滅させる。
ムーミントロールはうみうまとモラン、両方と交流する。
第5章 霧
ムーミンパパは釣りをやめ黒い池の調査に熱中するが、やがてそれもやめ物思いに沈みこむ。
ムーミンパパ、ママ、ムーミントロールの気持ちはすれ違う。
ムーミントロールは灯台を出てしげみの空き地で暮らし始める。
第6章 月がかけていく
ムーミントロールは毎晩カンテラを持って浜辺に行き、モランに見せる。
ムーミンママは灯台の壁一面に植物がいっぱいの絵を描き始める。
ムーミントロールは黒い池で泳ぐうみうまを見つける。
第7章 南西風
ムーミン一家は島の木々が移動し段々灯台に近づいていることに気づく。
ムーミンママは壁に島にはない理想を描くことに没頭する。
ムーミンパパは海を理解する必要はないとわかり元気になる。
漁師の家が波にさらわれ灯台につれていくが、漁師は灯台に入ることを拒む。
第8章 灯台もり
ムーミンママはホームシックが消え、ムーミントロールのうみうまへの焦がれる気持ちは薄れ、モランの交流は優しく終わる。
島の異変はおさまり、灯台で漁師の誕生日パーティーをする。
漁師は自分が灯台守であることを思い出し、灯台に明かりが灯される。
『ムーミンパパ海へいく』感想
今作は、ムーミンパパが家族を連れて小さな島へ移り住み灯台守になるお話。
登場人物はムーミンパパ、ママ、ムーミントロール、ミイ、漁師、モラン、うみうまだけ。
海に囲まれた島での生活は、興奮するような冒険もなければあたらしい知り合いもいない。
単調な暮らしの中で家族それぞれが自分自身の心と向き合い、変化していく様子が繊細に描かれている。
ムーミン一家の心の変化
『ムーミンパパ海へいく』は、シリーズの中でムーミン一家が登場する最後の作品。
前作までの7作で、ムーミン一家のそれぞれのキャラクターってある程度確立していたと思う。
勇気と好奇心があるムーミントロール。
いつでもやさしく家族をみまもるムーミンママ。
夢見がちでロマンチストなムーミンパパ。
この変わらないキャラクターが読者を安心させてくれる面もあった。
だけど、ムーミン一家最後の登場作にしてこのキャラクターにヒビが入るんだよね。
そもそも舞台が、みなれたムーミン谷ではなく初めての島。
失敗続きで夢が打ち砕かれるムーミンパパ。
家族に捧げてきた自分を振り返るムーミンママ。
心の春を迎えるムーミントロール。
すべてをお見通しで変わらない存在のミイ。
慣れない生活と小さなコミュニティの中で、それぞれが自分自身のいろんな気持ちと向き合わされる。
ムーミンシリーズは、6作目の『ムーミン谷の冬』あたりから冒険色がうすれ、微妙な心の動きが丁寧に描かれるようになっている。
一人ひとりの心の動きが細かく描かれているので、大人になってから読むと共感できるところも多くなってくる。
ムーミンパパの不満
夏の終わり、昼寝から目覚めたムーミンパパはひどく機嫌を損ねていました。暑い夏は森が火事になる恐れがあるから注意するように、と散々家族に言い聞かせてきたのに、ムーミントロールとママは、畑で小さくコケが燃えているのをパパに知らせもしないで、自分たちだけで消し止めてしまったのです。 pic.twitter.com/azAJG0xgeQ
— ムーミン公式 (@moomin_jp) September 1, 2020
物語の始め、なにもかもうまくいっているムーミン谷での暮らしにムーミンパパはものたりなさをつのらせている。
パパは毎日庭にある大きな水晶玉をのぞいては、向こう側にうつる家族の姿を眺める。
小さくたよりない家族を自分が守ると想像することで、なんとか自分の存在価値を保っていたんだよね。
ムーミンパパは自分が家族を守り、頼られ、やしなってあげる生活を夢見て島への移住を夢見る。
この水晶玉は次作『ムーミン谷の十一月』でも登場し、本音を映し出す役割を果たすよ。
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ムーミンママの気持ち
ある晩ムーミン一家は島へ向けて船出する。
ムーミンパパははりきって舵をとりはじめるけど、ムーミンママはどこか上の空。
これまでのムーミンママはパパの決めたことには100%賛成してきたけど、今回はママの心には疑問がわいているんだよね。
おかしいわ。くらしがうまくいきすぎているからといって、悲しんだり、ましてはらをたてるなんて、おかしいわ。
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
ムーミンママはムーミン谷での生活に心底満足していたし、家族の世話や庭仕事といった生活に喜びを感じていた。
だから、そんな生活をわざわざ変えたがるパパに「?」しかなかった。
ムーミンパパの考えを理解したわけではなかったけれど、なにも言わずにパパについていくんだよね。
いまの自分にもの足りなさを感じて外側に「理想の自分」をもとめているパパ。
一方でママはそのままのパパを愛しているので、これ以上何かをもとめて変わる必要はないと思っているんだね。
ボートに乗ったママは、すべてをしきりたがるムーミンパパにすべてを任せる。
ムーミントロールがおどろいたのは、大事なハンドバッグさえも砂の上に置きっぱなしだったこと。
その力の抜け方は、どこかあきらめに近いものを感じる。
からまわりのムーミンパパ
目的の島に到着しはりきっていたムーミンパパだけど、はじめから想定外のことや失敗ばかりが続く。
やることなすことうまくいかず徐々に自分を見失っていく姿は容赦なく、そこはかとない絶望を感じる。
挿絵のパパの目がまんまるで無表情なのが印象的。
なぜ?なにかがおかしいぞ?っていう、パパのあっけにとられている様子が伝わってくる。
灯台の鍵がない
初めの想定外は、灯台の中にはいる鍵がなかったこと。
がっかりしたムーミンパパは家族をほったらかして眠ってしまう。
ムーミンパパ、たよりない・・・。
でも物語ではじめに鍵がなくてつまづく展開って、なかなかないよね・・・。
起きてからもなんのヒントもなく、途方にくれたパパが歩いていると崖っぷちに出る。
ここでパパは、前の灯台守も本当に一人になりたいときにはこの崖へ来たのかもしれない、と想像する。
しばらく灯台守の気持ちになっていると、ふと手をのばした岩のさけめに灯台の鍵があった。
前の灯台守の「一人になりたい」と、ムーミンパパの「一人になりたい」がリンクしたからこそたどり着けた場所。
ムーミンパパはこの儀式に合格し、晴れて「灯台守」になれたんだよね。
灯台にあかりがつかない
ようやく灯台の中に入ることができたけど、今度は「灯台に明かりをいれる」ことができない。
次の日も、その次の日も、灯台守の一番大事な「明かりをつける」という仕事ことができないパパは、家族にすらイライラしてしまうんだよね。
家族は、パパが明かりをつけられないことをまったく責めていない。
ムーミンパパ自身が「灯台守たるもの、こうあるべき」っていうのが叶えられないから、ひとりでイライラしているだけなんだよね。
だけどそんな自分を家族に見られたくないから、よけいストレスになっていく。
だんだん、理想の自分を追いかけてもそうなれないことがわかり始めてきたんだね。
明かりがつかない理由
灯台の明かりが消えてしまった理由は物語の後半でわかる。
ある日ムーミントロールとミイは、たくさん鳥のお墓が集まっている場所を見つけるんだよね。
これは、灯台の明かりに飛び込んで死んでしまった鳥たち。
前の灯台守は毎朝鳥の死体を拾い上げてはここに埋めていたのかもしれない、とムーミントロールは推測する。
前の灯台守が明かりを消したのは、鳥への優しさからだったんだね。
つづく失敗
昨日は海の日、ということで「週刊 ムーミン谷倉庫から」は海がテーマ。ムーミン谷で海の男といえばムーミンパパ。荒れ狂う海で勇敢な姿をみせたパパのお話「ムーミンパパ海へいく」のはみなさん読みましたか?https://t.co/GQlPPR3w7t pic.twitter.com/3YY8wjHBJl
— ムーミン公式 (@moomin_jp) 2018年7月17日
ムーミンパパは灯台に明かりがつけられないかわりに、次から次へと別の仕事をおもいつく。
石をころがし防波堤をつくったり、漁のために海に網をかけたり。
だけど、やることなすことうまくいかずパパは途方にくれる。
そもそも本当に必要な仕事ではなく、「やることをつくる」ための仕事なんだけどね。
パパの落胆もわかるけど、それ以上に大変なのはムーミンママ。
ムーミンママはパパが失敗するたびになぐさめては、同情を示すんだよね。
ママ自身も慣れない暮らしで不安があるけど、それを見せずにパパを安心させようとするけなげさがたまらない。
釣りから黒い池の調査へ
男らしい仕事で家族を養いたくて島へ移住したのに、失敗つづきのパパはだんだんやる気がなくなっていく。
割れた窓を見ても直す気がなくなり、思いつきでママへのプレゼントのベルトをつくるんだよね。
ママは大喜びするけど、パパはそのとき初めてムーミン一家の食べものが尽きかけていることを知る。
ここでパパは自分がするべき唯一のことは「食料確保」だと思い、翌日から釣りだけする日々を送る。
いままであんなにこだわっていた「灯台守としての仕事」のことは、考えるのもめんどうになったみたい。
食料がいっぱいになっても釣りつづけるパパに、ちょっとした狂気を感じる。
ある日のママの一言をきっかけにパパはあっさりと釣りをやめ、今度は島にある「黒池」の調査を思いつく。
本当はパパ自身も釣りには飽きていたんだけど、ほかにすることも思いつかなかったから続けていただけなんだよね。
ママの独り言
ここでおもしろいのが、目を輝かせて探検に乗り出すパパを見たママの独り言。
「おもしろいぞ。やけにおもしろいぞ」
ママは、急いであたりを見まわしました。もちろん、ママが「やけ」なんてわるいことばをつかったのをきいたものは、だれもいませんでした。
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
パパが変わる様子にこっそり悪い言葉を言ってにやつくママは、まるでミイみたい。
ムーミンママの「やさしい妻、お母さん」というイメージにヒビが入った瞬間。
ホームシックなムーミンママ
いつもお互いを思いやり、仲睦まじいムーミンパパとママですが、ふとしたひと言が相手の気持ちを損ねてしまうこともあるんですよ。一家がさびしい灯台の島で暮らしていた時、パパは家族のために毎日魚釣りばかりしていましたが、ある日ママはうっかり魚はもうたくさん、なんて口走ってしまったのです。 pic.twitter.com/6JFHZ0kPpo
— ムーミン公式 (@moomin_jp) September 29, 2020
島での生活のストレスはムーミンママにとっても同じ。
ムーミンパパが釣りに没頭するようになったとき、ママは違和感をおぼえるんだよね。
たしかに食べものがたくさんあるというのはいいことだけど、どういうわけか、あまり食べものがないときの方が楽しかったわ。
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
きっとムーミンママがパパへもとめていたのは、コミュニケーションと思いやり。
家族の方に関心を向けていないパパにぼんやりとした不満を感じながらも、ママはそれを感じないように庭いじりを夢みる。
家族が何よりも大切なムーミンママが、家族よりも自分の考えに夢中になっていく姿は、いままで見たことがなかった。
パパもママもいまここから目をそらしどんどんぼんやりしていく様子が、なんか怖い。
壁に絵を描く
心の中をなかなか言葉にしないムーミンママは、ある日から部屋の壁に絵を描くことに夢中になる。
ムーミンママの大好きな美しい色とりどりの花の絵。りんごの木や青いベランダ・・・
絵を描きすすめるほど、その全体像はかつて住んでいたムーミン谷に似てきた。
ママは心の中にある理想を絵に描くことで、自分の本音を感じていくんだよね。
パパは、ママが描いた絵の中に海や岩がないことに気がつき問いかける。
ママはそこで青いボートの絵を描いてみるけど、うまくいかない。
「かきたくないものを、かこうとするのはおよしなさいよ」
こういって、ムーミンパパは、おくさんをなぐさめました。
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
パパがママの心によりそうセリフがぐっとくる。
ようやくパパも、ママが抱えている寂しさに気づいたのかもしれないね。
ママとしての役割にうんざりする
非日常なことがつづく島の暮らしで、ママの「ママとしての役割」だけは唯一変わらないように思われていた。
物語では、この絶対的なイメージにもヒビが入るんだよね。
ある日ムーミンママが姿を消し、家族をおどろかせる。
実はムーミンママは、家と外を自由に行き来できるミイやムーミントロールを見て、うらやましい気持ちが湧いていたんだよね。
母親というものは、すきなときに外にいって寝るというわけにいかないのがざんねんね。ほんとうは母親こそ、そういうことがときにはできるといいのにさ
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
すべての母親が共感しそうなムーミンママの気持ち。
家族にとっては、お母さんって家にいて当然の存在。
だけどそれは当たり前のことではないし、お母さんだってその役割をぬぎたいこと、あるよね。
夜遅くに帰ってきたママは、パパに言う。
たまには変化も必要ですわ。わたしたちは、おたがいに、あまりにも、あたりまえのことをあたりまえと思いすぎるのじゃない? そうでしょ、あなた
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
パパやムーミントロールだけでなく、ママ自身だって「母親は家にいなければならない」って、ずっと思い込んできた。
その考えに気づきちがう行動をとってみたママは、家族から自立するということを少しわかったのかもしれない。
それは、一緒にいながらにして自分は自由にできるということを知っている、ということなんだよね。
このままの変化に、パパも自分をかえりみて少しずつ変わっていく。
空き地の「あかあり」事件
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— Moomin (@MoominOfficial) July 1, 2019
パパとママがあたらしい生活になかなかなじめない一方で、ムーミントロールとミイは持ち前の好奇心で、あたらしい生活にずんずん入り込んでいく。
ある日ムーミントロールは、しげみの奥に隠れ家にぴったりの空き地を見つける。
すぐにムーミントロールの気に入ったけれど、難点がひとつあった。
地面一帯に赤アリがすみついていたんだよね。
ムーミントロールとミイの「忖度」
ムーミントロールがミイに「アリを引っ越しさせたい」と相談すると、かんの良いミイはすぐにすべてを理解する。
もし、あたいがありを追っぱらったら、あんたはあたいになにをくれる
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
すぐに取引をもちかけるミイ、悪いなー(笑)
後日ムーミントロールは、空き地のアリが全部死んでいるのを見つける。
ミイが灯油を土にまいてアリを全滅させちゃったんだよね。
ムーミントロールにとって、この「アリの大虐殺」はとてもショックなことだった。
ミイはまったく罪悪感なく、むしろへこんでいるムーミントロールにきつい言葉を放つ。
あんたはあたいがありになにをするか、ちゃんと知っていたはずよ。(中略)あんたったら、ほんとに自分自身をだますのがじょうずね!
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
ミイ、するどいなぁ。
なにか悪いことが起こったとき、私たちはつい直接手をかけた人だけが「悪い」って思いがち。
だけど、自分が手をかけていないからって「私は悪くない」というのはちがう。
自分がなにをしているのかちゃんと見なさいよって、ミイはムーミントロールに言っているんだよね。
ムーミントロールとモラン
ある夕方、ムーミン一家が灯すあたたかい光に吸い寄せられるように、魔物のモランが窓の外にやってきます。巨大な体で長いスカートを引きずって。モランは心底から凍えていて、暖かい光や火に憧れているんです。けれどモランが座った場所は凍ってしまって、もう植物が生えることもないのです。 pic.twitter.com/yelBek0Fev
— ムーミン公式 (@moomin_jp) October 20, 2020
今作でムーミントロールがなぜか心ひかれるのが、魔物のモラン。
今作冒頭でモランがムーミン谷にあらわれてから、ムーミントロールはモランのことばかり考える。
モランのことを決して好きではないけれど、その孤独を思い優しくしてやりたいという気持ちがわくんだよね。
一方でモランは、ムーミン一家が持っていた明かりを求めて島まで追いかけてくる。
モランには明かりがムーミン一家のものかどうかは関係なく、ただ明かりが見えたから近づくだけ。
とてもシンプルで、だからこそ不気味な魔物なんだよね。
うみうまとの出会い
【 #ムーミンキャラクター紹介 】
「 #はなうま 」は、美しい花模様の馬のような生きものの総称。灯台の島に現れた二頭は「 #うみうま 」と呼ばれています。ムーミントロールはその神秘的な美しさに魅了されますが、気まぐれなうみうまたちに翻弄されて……。
詳しくは⇒https://t.co/6ietZnpcJP pic.twitter.com/WWkrQwcboB— ムーミン公式 (@moomin_jp) March 11, 2021
モランと対象的に描かれるのは、ムーミントロールが島で出会う「うみうま」。
うみうまは、夜の海からときどきあらわれる全身花模様の美しい生きもの。
ムーミントロールは、美しいうみうまをひと目見た瞬間に心を奪われてしまう。
きみたちはきれいだねえ。ほんとうにきれいだねえ。ぼくをおいてきぼりにしないでよ!
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
うみうまが去ってしまってからも、ずっとうみうまのことが頭からはなれないムーミントロール。
この「恋に悩む」感じは、スノークのおじょうさんとのときは見られなかったので新鮮だった。
スノークのおじょうさんと一緒のときは、ムーミントロールは男らしさを発揮して、スノークのおじょうさんを守ろうとする。
だけどうみうまを前にすると、ムーミントロールはとたんに自信がなくなってしまうんだよね。
自分の容姿にコンプレックスを感じるムーミントロール、初めて見た。
うみうまが上から目線でムーミントロールをからかう様子も魅惑的。
ムーミントロールのことを「太っちょのうにちゃん」とか「たまごだけぼうや」とか「たまごの形をしたきのこのぼうや」とか呼ぶんだよね(笑)
ムーミントロールにとってうみうまは美しさの格が違い、近寄りがたいけど心ひかれる「高嶺の花」のような存在だったんだね。
モランとの交流
Looking at the coming week like...😬 Have a Moominous new week everyone!💕 #moomin #moominofficial https://t.co/rSRrRVkiyu pic.twitter.com/gnrPuBecgA
— Moomin (@MoominOfficial) June 8, 2020
ムーミントロールがうみうまに会うことを期待して浜辺に出ると、なぜか同じタイミングでモランがあらわれる。
ムーミントロールはモランを無視することができず、明かりを求めるモランのためにカンテラを持って毎晩浜辺に出るようになる。
美しい魔性のうみうまと、寂しく冷たく醜いモラン。
ムーミントロールは、理性ではモランのことを好きではなかったと思う。
だけどモランを完全に突き放すこともせず、正反対のふたりと接していくうちに、不思議と両方に引きこまれていくんだよね。
家族の反応
ムーミントロールは、これまで感じたことのない胸のうずきを家族のだれにも言わずにすごす。
だけど、何もかもお見通しなのがちびのミイ。
ムーミントロールとうみうまとモランの三角関係をみつけて、ひとりにやにやする。
ミイ、アリ退治から三角関係を見抜くところまで、振れ幅大きすぎ(笑)
一方パパとママはどこか上の空で、息子の変化にはなかなか気づかない。
だけど終盤で、ムーミンママはムーミントロールがいつのまにか変わっていることがわかるんだよね。
「いったい、どうしたというんだろうな」
むすこがいってしまってから、ムーミンパパはたずねました。
「春のめざめよ。あの子自身でも、気がついてはいないけど」
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
これまでのスノークのおじょうさんとの恋愛関係は、やさしくかわいいものだった。
今作で、まったく違う女性との関わりを通して、ムーミントロールのあたらしい男性としての一面が目覚めたんだね。
ムーミントロールが大人の男性になっていく入口。
ちょっとドキドキします。
島に慣れていく一家と漁師
ある夜、ムーミントロールは島の砂が生きもののように動いているのを見つける。
パパとママが島の異変に気づいたとき、ムーミントロールはほっとする。
パパやママと不安を分かち合えたというだけで、ムーミントロールは安心するんだよね。
これまでどこかぼんやりとしていたパパとママも、島の異変を目の当たりにすることで少しずつ目がさめていく。
海との和解を果たすパパ
いままでパパは一生懸命この海と島のことを理解しようと頑張ってきた。
ノートにたくさんの仮説を書きつけては考えるけど、なにひとつ結論を出せなかったんだよね。
島の異変に気づいたとき、パパは「海は頭では決して理解できない」ものであることを悟る。
「理解できない」ということを受け入れたとき、パパは自分のするべきことがはっきりと見え、自分の大切なものを守ることに専念する。
このときからパパは、海がやっかいだと思うときは海と心で対話することをやってみる。
すると自然にベストなことが起き、海からの恵みも感じられるようになる。
パパが海を理解することをやめハートを開いたことで、逆に海のことを理解できるようになったんだね。
ホームシックが消えるママ
パパと海の関係が変わり、島での生活は、恵み豊かないきいきとしたものに感じられるようになる。
そんななか、ムーミンママもムーミン谷をなつかしむことが減っていく。
あるときママは、かつてあんなに夢中になって描いていた壁画の前にたっても、心が動かないことに気づく。
ママはいつのまにか島での暮らしを受け入れ、本来の自分をとりもどしていることに気づくんだよね。
モランと和解するムーミントロール
ムーミントロールはというと、あれだけ焦がれていたうみうまへの気持ちが薄れていく。
それと同時に自分を悩ませていたモランと明かりなしで向き合うことを決意する。
ムーミントロールがモランの前にあらわれると、モランは純粋に喜びをあらわす。
だしぬけに、モランがうたいはじめました。おばさんがよろこびの歌をうたいながら、あっちこっちにからだをゆり動かすと、そのたびにスカートがひらひらしました。
引用元:『ムーミンパパ海へいく』ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年
嫌われ者とされていたモランが、こんなに可愛らしく愛情を表現する姿がすてき。
冷たい魔物のモランは、いつでも明かりだけをもとめてさまよっていた。
だけど島で繰り返しムーミントロールと交流するうちに、いつの間にかモラン自身も変わっていたんだよね。
モランが去ったあとの砂は、もうちっとも固く凍っていなかった。
これまでだれからも愛されたことのないモランは、ムーミントロールから優しくしてもらったことで、自分自身の中にあるあたたかさのかけらを思い出すんだよね。
漁師との交流
【 #ムーミンキャラクター紹介 】
灯台の島に移り住んだムーミン一家は、ボートで夜釣りをする風変わりな男と出会います。一方、ムーミンパパは灯台にうまく灯をともすことができず、行方知れずの灯台守を探していました。
はたして男の正体とは……?https://t.co/0q9KfdqQqo pic.twitter.com/7PabZ1Y9s9— ムーミン公式 (@moomin_jp) October 7, 2020
物語全体のキーマンとなっているのが、ムーミン一家以外で島の唯一の住民の漁師。
ムーミン一家と無愛想な漁師ははなれて暮らしていたけれど、ムーミン一家が島での暮らしになじむにつれて少しずつ距離も縮まっていく。
漁師が誕生日パーティーで灯台を訪れたとき、本当の自分は身も心も「灯台守」であることを思い出す。
同時にムーミンパパは本来の自分ではなかった「灯台守」から解放され、「ムーミンパパ」に戻る。
全員が本来の自分にもどったとき、そこには平和があった。
ムーミン一家が「島での暮らし」という葛藤を受け入れたとき、それを手放す機会もやってきたんだね。
感想おさらい
モデルとなった島
引用元: Söderskär Lighthouse
今作『ムーミンパパ海へいく』の舞台と言われている島が、フィンランドにあるソーダーシャール島。
希少な海鳥種を保護するため島への上陸は禁止されているけど、ヘルシンキから出ている定期船のガイドツアーは例外。
島のシンボルとなっている大きな灯台は1864年にロシアによってレンガで建てられた、歴史ある灯台。
内部には灯台の歴史の資料や、ムーミン童話の複製画を見ることができ、宿泊も可能。
参考:『MOE』2018年11月号、白泉社、ソーダーシャール島/おでぶさんときどきおしゃまさん
ソーダーシャール島紹介
『ムーミンパパの海へいく』が読める本の形
今回ももちんが読んだのは、講談社文庫の『ムーミンパパ海へいく』。
『ムーミンパパ海へいく』は、講談社文庫以外にも、児童文庫やハードカバーで刊行されている。
ソフトカバーの新版
2019年3月に講談社より新しく刊行されているのが、ソフトカバーの『ムーミン全集[新版]』。講談社1990年刊のハードカバー『ムーミン童話全集』を改訂したもの。
翻訳を現代的な表現・言い回しに整え、読みやすくし、クリアなさし絵に全点差し替えられている。
ソフトカバーなので持ち歩きやすい。
これから「ムーミン」シリーズを買って読もうと思っているなら、最新版のこちらがおすすめ。
電子書籍版あり。
新版はココがおすすめ
- 翻訳が現代的な表現、言い回しに整えられているので読みやすい
- クリアなさし絵に全点差し替え
- ふりがな少なめで大人が読みやすい
- ソフトカバーなので持ち歩きやすい
- 電子書籍で読める
講談社文庫
講談社文庫の「ムーミン」シリーズは、1978年に初めて刊行された。
2011年に新装版が刊行。
写真では2011年刊行時の表紙だが、2019年3月現在、フィンランド最新刊と共通のカバーデザインに改められている。
文庫版だけど挿絵が豊富で、ふりがなも少なく読みやすい。
大人が手軽にムーミンを読みたいなら、講談社文庫がおすすめ。
電子書籍版あり。
文庫はココがおすすめ
- ふりがな少なめで大人が読みやすい
- 値段がお手頃で気軽に読める
- 電子書籍で読める
青い鳥文庫
講談社青い鳥文庫は、1980年に創刊された児童文庫。
「ムーミン」シリーズは2014、2015年に新装版が刊行された。
児童文庫だけど、字は小さく漢字も多い。ふりがなもふられているが、難易度は文庫版とそんなに変わらない。
児童文庫はココがおすすめ
- 文庫よりサイズが大きめで読みやすい
- ふりがな付き
- 児童文庫にしては文字が小さいので、子どもが読むなら童話全集か新版の方がおすすめ
まとめ
小説『ムーミンパパ海へいく』見どころまとめ。
ムーミン一家の心の変化をじっくり味わえる、大人向けの作品。
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