『飛ぶ教室』はドイツの作家エーリヒ・ケストナーによる児童文学。
クリスマスを目前にした寄宿学校の少年たちの友情と、ふたりの大人との絆を描いた作品。
ももちん、最近初めて読んだけど、感動して泣きました。
この記事で紹介する本
どの出版社の『飛ぶ教室』を読めばいいか知りたいなら、次の記事からどうぞ。
翻訳別比較
小説『飛ぶ教室』12作品比較。文庫や児童文庫、挿絵など特徴まとめ
『飛ぶ教室』は、ドイツの作家エーリヒ・ケストナーが生んだ、世界中で愛読されている児童文学。 現在さまざまな出版社から刊行されているので、特徴別にまとめてみた。 こんな方におすすめ 『飛ぶ教室』を読んで ...
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こんな方におすすめ
- ケストナー『飛ぶ教室』のあらすじと見どころを知りたい
- クリスマスの季節に心があたたまる小説を読みたい
小説『飛ぶ教室』とは?
『飛ぶ教室』(原題”Das fliegende Klassenzimmer”)は、ドイツの作家エーリヒ・ケストナーが1933年に発表した児童文学。
日本では1962年、高橋健二の翻訳で岩波書店より刊行された。
エーリヒ・ケストナー(作)
ドイツの詩人・作家。
1899年生まれ。
大学卒業後新聞社に勤め、風刺のきいた詩や批評記事を書く。
1928年、児童文学『エーミールと探偵たち』を発表し、成功をおさめる。
1933年にナチスが政権につくと、ケストナー作品は禁止され、迫害を受ける。
1960年国際アンデルセン賞受賞。
1974年死去。
参考:Wikipedia
代表作(児童文学)
ヴァルター・トリアー(絵)
ドイツの画家。
1890年プラハ生まれ。
ミュンヘンで絵を学び、挿絵や表紙絵で活動する。
1928年ケストナーと知り合い、『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』ほか、ケストナーの子ども向け作品の挿絵を多く手がける。
1951年死去。
池田香代子(翻訳)
ドイツ語翻訳家。
1948年東京生まれ。
グリム童話の翻訳をライフワークとする。
1995年、ヨースタイン・ゴルデルのベストセラー『ソフィーの世界』のドイツ語版からの重訳を手がけた。
参考:Wikipedia
代表作(翻訳)
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『飛ぶ教室』主な登場人物
五年生(14〜15歳)
- ジョニー:本名ヨーナタン・トロッツ。幼少期父親に捨てられる過去を持つ。文章が上手。クリスマス劇『飛ぶ教室』の脚本を書く。
- マルティン:貧乏で奨学金をもらう優等生。絵が上手で、正義感が強い。
- マッツ:本名マティアス・ゼルプマン。ケンカに強く大食い。ウーリと仲が良い。
- ウーリ:小柄で臆病なことを気にしている。裕福な家庭。
- ゼバスティアーン:皮肉やで難しい本ばかり読む。
九年生(17〜18歳)
- テーオドール:最上級生で、下級生の見張り役。
大人たち
- 禁煙さん:ギムナジウム横の市民農園に、廃車になった客車をおいて住んでいる男性。生徒たちの良き相談相手。
- ベク先生(正義さん):ギムナジウムの先生で、寄宿舎に住んでいる。生徒たちに慕われている。
- クロイツカム先生:ギムナジウムのドイツ語の先生。無表情で冗談をいう。
『飛ぶ教室』あらすじ
一言あらすじ
ドイツの寄宿学校(ギムナジウム)で、五人の少年が織りなすクリスマス前の数日間の物語。
実業高校との決闘、上級生との確執、友情で結ばれながらもそれぞれが抱える悩み。
信頼できる大人「正義さん」「禁煙さん」がよりそい、涙と笑いがあふれる。
物語の象徴としてクリスマス劇「飛ぶ教室」が登場する。
参考
「ギムナジウム」とは、ドイツの寄宿制の男子校。
日本でいう小学五年生〜高校三年生までの九学年が学ぶ。
「五年生」と呼ばれるジョニーやマルティンたちは、日本でいう中学三年生。
このあとは詳しいあらすじ。(ネタバレあり)
感想から読みたいならこちら(後ろへとびます)→→本を読んだ感想
1.クリスマス劇「飛ぶ教室」(12月21日)
クリスマス前のギムナジウムで、物語の主人公である五年生マッツ、ウーリ、ゼバスティアーン、ジョニー、マルティンが登場。
寄宿生の五人は放課後の体育館で、クリスマス劇「飛ぶ教室」の練習をする。
劇の練習中、通学生の一人がケガをして体育館に飛び込んでくる。
ライバルである実業高校の生徒にやられ、同じく通学制の友人が人質にとられたという。
五人は人質を取り戻すべく、無許可で学校を抜け出し「禁煙さん」のところへ作戦会議に行く。
2.禁煙さん
「禁煙さん」は、ギムナジウムの隣の市民農園に住む35歳くらいの男性。
廃車になった鉄道の客車「禁煙車」に住み、昼は農園の花の世話、夜は酒場でピアノをひいて暮らしている。
少年たちは禁煙さんが大好きで慕っていた。
禁煙さんに相談の後、少年たちは実業高校のボスの家へ向かう。
3.ゼバスティアーンの交渉
まずは話し合いで解決するかもと、冷静で頭の回転が早いゼバスティアーンが実業高校のリーダーの家へ交渉に行く。
交渉は決裂し、ギムナジウム側は仲間を増やし、全面対決・人質奪還にのぞむ。
禁煙さんのアドバイスで、全員が乱闘するのではなく、各校の代表で1対1の決闘をすることになる。
4.決闘と人質の救出
1対1の決闘で、ギムナジウムの代表になったのは腕っぷしの強いマッツ。
決闘ではマッツが勝ち、ギムナジウムは正当に人質の解放を求めるが、実業高校は拒否する。
約束を破られたギムナジウム側はあきれ、作戦を変更。
全面的な雪合戦をしている最中に相手側の家に監禁されていた人質を助け出す。
5.ベク先生(正義さん)
無断外出した五人を、最上級生のテーオドールが校門で待ちかまえていた。
テーオドールは五人をベク先生(正義さん)の前へ連れて行く。
五人から話をきいたベク先生は、軽い罰にとどめ、自分の少年時代の話をする。
昔、ギムナジウムの生徒だったベク先生は、病気の母を見舞うため、何度も無断外出をしたこと。
そのとき身代わりになってくれたのが、当時の親友だったこと。
その親友は大人になって、奥さんと子どもを亡くし、今では連絡が取れなくなってしまったことなど。
少年たちはベク先生への信頼を深めるとともに、ベク先生の親友は「禁煙さん」ではないか?と感づく。
6.寄宿舎の夜
その夜ジョニーとマルティンは、ベク先生と禁煙さんを再会させる作戦をたてる。
クリスマスの恒例で、最上級生が真夜中に幽霊の仮装をして寮を練り歩く。
新入生が泣くのを見て、ウーリは自分も昔はそうだったとなぐさめる。
実業高校との決闘でも逃げてしまったウーリは、自分の臆病をどうにかしたいと思い悩む。
7.正義さんと禁煙さんの再会(12月22日)
翌日、授業の前にウーリがからかわれ、紙くずかごに入れられ天井から吊るされた。
この一件でウーリは決心し、今日の3時に校庭に来るようにみんなに告げる。
昼食後、ジョニーとマルティンはベク先生を呼び出し、禁煙さんの住む客車へ連れて行く。
ベク先生はかつての親友との再会を果たす。
8.ウーリの勇気
クリスマス劇「飛ぶ教室」の前日の通し稽古はうまくいった。
ウーリの呼び出しを思い出し、校庭にかけつけた少年たちは思わぬ光景を目にする。
ウーリが高いはしごの上から傘をさして飛び降り、気を失った。
保健室に運ばれたウーリは右足の骨折で済んだが、クリスマスの帰省と「飛ぶ教室」への出演ができなくなった。
一方マルティンは、実家から届いた封筒をあけ、落胆する。
帰省の汽車賃を用意できなかった母親から、会えない悲しみと息子への愛情を伝える手紙だった。
クリスマス帰省を何より楽しみにしていたマルティンは涙をこぼす。
9.マルティンの苦悩
その日はウーリの話題でもちきりだった。
ウーリが帰省できないので両親がくることになり、劇の代役も決まる。
ウーリの行動に対するゼバスティアーンの気持ちや、ウーリと仲の良いマッツの様子が描かれる。
ベク先生はたびたび禁煙さんと会うようになり、ギムナジウムの校医にならないか、ともちかける。
マルティンはなんとか実家にれないか考えたが、むずかしかった。
自分の気落ちを悟らせないように、母親に向けて、元気づける手紙を書く。
10.最後の授業日(12月23日)
最後の授業の日、クリスマス劇「飛ぶ教室」は成功に終わったが、マルティンの出来はよくなかった。
禁煙さんがギムナジウムの校医となることが正式に発表される。
その晩の寮の見回りで、ベク先生はマルティンが寝言で「泣くこと厳禁」とつぶやいているのを耳にする。
11.12.クリスマス・イブ(12月24日)
翌日はクリスマス・イブ。
駅は帰省するギムナジウムの生徒でごった返していた。
ベク先生が、がらんとした校舎を歩いていると、校庭にひとりたたずむマルティンを見つける。
マルティンから帰省できない理由を聞き出したベク先生は、マルティンが帰れるようにはからう。
心温まるラストに涙があふれ、幸せな気持ちになる。
『飛ぶ教室』を読んだきっかけ
クリスマス、どんな小説が人気なんだろう? と思って調べたとき、紹介されていたのがエーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』。
『飛ぶ教室』って、タイトルがかっこいいよね。
タイトルから内容がまったく想像できなくて、興味がわいた。
ちょっと紹介文読んでみたら、笑いあり涙ありの少年たちの物語みたい。
ケストナーの作品は前から読んでみたかったし、迷わず手に取りました。
読んでみたら・・・まあ、おもしろい。
まだ読んでいない大人に絶対おすすめしたい!って思ったよ。
ももちんが読んだのは岩波少年文庫。
原書のヴァルター・トリアーの絵と、「だ・である」調で読みやすそうだったから。
『飛ぶ教室』感想
小説『飛ぶ教室』を読み終えたとき、感動して、心が満たされて、シンプルに「この本に出会えてよかったなぁ・・・」って思った。
クリスマスの児童文学として有名だけど、子どものためだけの物語ではない。
大人が読むと、少年たちそれぞれの葛藤に、なにかしら自分の一面を見るだろう。
そして、物語に登場する大人がたまらなく魅力的。
優しく頼りがいがあり、少年たちと同じ目線で物事を見ることができる「正義さん」と「禁煙さん」にしびれました。
『飛ぶ教室』ポイント
魅力的な少年たち
物語の主人公は、ギムナジウムの5年生(日本でいう中学3年生)の5人組。
初め、本名とニックネームが違っているのに慣れなくて、同一人物だとわかるのに時間がかかった。
「ジョニー」の本名はヨーナタン・トロッツ。
「マッツ」の本名はマティアス・ゼルプマン。
他にも、名字で呼んだり名前で呼んだり、こんがらがった。
読んでいくと、だんだん5人を見分けることができてきて、キャラクターもわかってくる。
幼い頃親に見捨てられ、勘が鋭いジョニー。
貧しい家庭で育ち、正義感の強い優等生マルティン。
腕っぷしが強く仲間思いのマッツ。
臆病で小柄、裕福な家庭のウーリ。
頭の回転が早く、人を小馬鹿にした態度のゼバスティアーン。
ひとりひとりの個性がそれぞれ違っていて、ほんと、どれもいい。
この描写を見るだけでも、ケストナー自身が「違いはそのまんま魅力なんだ」と心から思っていることがわかる。
「飛ぶ教室」ってなんのこと?
タイトルでもある「飛ぶ教室」とは、物語の中で5年生が演じるクリスマスの創作劇の名前。
作家志望のジョニーが脚本を書き、画家志望のマルティンが舞台美術を手がけていて、全五幕でかなり本格的。
舞台設定は「未来の学校」。
劇は「先生がクラス全員を連れ飛行機で世界中を旅し、最後に飛行機の故障でうっかり天国にやってくる」という、なんだかシュールな内容。
物語では、最後の授業日に上演する「飛ぶ教室」のために練習する場面が、数回にわたって描かれている。
境遇も悩みもバラバラな5人が、劇の練習のときはお互いの顔を見て、一緒に活動する良い機会になっている。
実業高校との対決
物語の前半では、5人が所属するギムナジウムと、敵対する実業高校との対決が描かれる。
このエピソードには、少年たちが大切にしているものがたくさんつまっている。
- 仲間意識と正義感。人質になった仲間を助けるためなら、無断外出もいとわない。
- 敵対意識。仲間を大切に思えば思うほど、相手を敵としてみるようになる。ケンカしたくてしょうがない。
- フェア精神。決闘のルール、条件などを必ず守るという男気。破ったら恥。
- 交渉役、体をはる役、人質を助ける役など、役割分担がはっきりしている。
まさに、古典でしか見れないような「愛すべき少年たち」が描かれている。
世代も時代も性別も違うももちんからみたら、現実からかけはなれてるこういう「ザ・少年」感が大好きなんだよね。
なぐり合いを肯定したり、読む人によっては「古くさい価値観」に見えて、気分よくないかもしれないけどね。
上級生との確執
ギムナジウム特有のものとして描かれているもう一つが、上級生との確執。
9学年が同じ寄宿舎・校舎で生活するので、おのずと上下関係は厳しくなるんだろうな、と思う。
新入生の10歳と、最上級の18歳じゃ、全然違うもんね。
物語で、5年生の主人公組が目の上のたんこぶにしているのが、最上級9年生のテーオドール。
寄宿舎の規則を厳しくとりしまり、違反したら先生に報告するのが仕事。
実業高校との対決から戻ったときも、テーオドールは校門で待ちかまえ、5人を寮の監督するベク先生のところへ連れて行く。
結局テーオドール自身も、9年生が持つべき心の広さについて考えさせられるんだけどね。
確執だけでなく、教え合ったり、違う学年同士の交流が多く描かれているのが新鮮だった。
違う学年の生徒たちが一つの部屋で寝泊まりする生活のなかで、自然と交流が生まれるんだろうね。
生徒が慕う大人の存在
物語では、少年たちが慕うふたりの大人が登場する。
ひとりは、ギムナジウムの寮の監督、ヨーハン・ベク先生。
もうひとりは、ギムナジウムの横の市民農園に静かに一人くらす「禁煙さん」。
ふたりとも少年たちと同じ目線で物事を見て、自分で経験することを尊重してくれる。
それでいてダメなことはきっちり指導し、少年たちを愛ある方向に導いているんだよね。
まさに、少年少女が思い描く大人の理想像。
自分が思春期のとき、こんな大人がいてくれたらなぁ・・・って、読んだだれもが思うはず。
ももちんは、自分はこんな大人になれていないなぁ・・・とも思った。
ベク先生
ベク先生は、曲がったことが大嫌いなので、少年たちからは「正義さん」と呼ばれ、尊敬され信頼されている。
物語でベク先生がまず登場するのは、5人が無断外出から帰ってきて、理由を問いただす場面。
ベク先生は、甘やかして間違いをうやむやにするようなことはしない。
だけど裁きをくだす前に、生徒たちの言い分をしっかりきくんだよね。
少年たちがベク先生に言わずにでかけた理由は、ベク先生を困らせたくなかったから。
それを知ったベク先生は、少年たちがまだ自分のことを信頼しきっていないことを感じて、自分の昔話をする。
自分も少年時代、正しいと思う理由のために無断外出したことを明かすんだよね。
ベク先生は、なぜこのことを話したと思う?
それは、無断外出をすすめるためでもなんでもなく、「自分も君たちと同じだよ」って伝えるため。
自分がかつて君たちと同じだったんだ。
その気持ちは今でも持ち続けているんだよ。
だからなんでも打ち明けていいんだよ。ってね。
その気持ちをしっかり受け取った少年たちは、ベク先生のことをさらに好きになるんだ。
ただ怒られるより、しっかり物事を考えて決めるようになるよね。
禁煙さん
もうひとりの大人「禁煙さん」は、ベク先生とは全く違う形で、少年たちから慕われている。
市民農園にひとり暮らす禁煙さんは、先生でも親でもない、「近所のお兄さん」的存在。
この禁煙さん、まだ若いのに、昼は農園の世話、夜は酒場でピアノ弾きという、世捨て人のような生活をしているんだよね。
そのことからも、少年たちは「禁煙さん」にはなにかしら悲しいことがあったのだろう、と感じている。
この謎が読むうちに解き明かされていくのもおもしろい。
禁煙さんは、少年たちが間違っていてもけっして否定せず、やさしく見守るところが素敵。
実業高校との対決のときも、禁煙さんは対決を止めるなんてことはしないし、自分がどちらかに加わることもしない。
だけど、その場にいて少年たちを見守り、ケガが最小限にとどめられるように、上手にアドバイスするんだよね。
正義さんと禁煙さんの再会
ベク先生の昔の話をきいて、勘がするどいジョニーはあることに気づく。
それは、ベク先生の音信不通になった親友とは、禁煙さんのことではないか?ということ。
翌日、ジョニーとマルティンのはからいで再会を果たした二人は、一瞬にして少年時代にもどる。
思いがけない再会に言葉が出ないベク先生と禁煙さんの様子と、見事に作戦成功して握手をかわすジョニーとマルティンが重なる。
ジョニー
ももちんが印象的だったのは、主人公組の少年のひとり・ジョニーの芯の強さと敏感さ。
ジョニーは幼い頃に親に見捨てられるという体験をした孤児なんだよね。
だけど、両親への恨みや、孤児という寂しさに心がおおわれていない。
クリスマス休暇も、みんなが意気揚々と帰省するなか自分は学校に残るけど、そこに悲壮感はいっさいない。
ある夜、ジョニーは窓の外を眺めながら、自分の将来に思いをはせる。
マルティンがぼくの家に越してくる、なんていいな。マルティンは絵をかく。ぼくは本を書く。そんな暮らしが楽しくないなんて言ったら、笑っちゃうね。
引用元:『飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー著、池田香代子訳、岩波書店、2006年
自分を見捨てた親のことを反面教師として思い出しながらも、親友マルティンとの生活を想像してほほえむところが強い。
持ち前の優しさと柔軟さが、禁煙さんと正義さんの関係にも気づく敏感さにもつながっているんだろうな、と思った。
禁煙さんの執着のなさ
再び親友となった禁煙さんとベク先生のやりとりで印象に残っているのが、禁煙さんがピアノをひいている酒場での会話。
ベク先生は元医者だった禁煙さんに「本来の君らしい生活を」と、ギムナジウムの校医の職を持ちかける。
それに対し禁煙さんは、妻と子どもを亡くした過去と現在の静かな生活を経て、いたった境地を語るんだよね。
ぼくは、あのへんてこな客車でとっくりと満足してる。春になれば、また花が咲くしね。金はそんなにいらないんだ。
引用元:『飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー著、池田香代子訳、岩波書店、2006年
この言葉に、禁煙さんが大切にしていることがつまっているよね。
もはや、酒場のピアノひきだろうが医者だろうが、違いはない。
大切なことは「職業」にはないということ、禁煙さんにははっきりわかっている。
だけど禁煙さんの思いは、かたくなな主張でも、こだわりでもない。
結果的には、5人の少年たちのために医者の仕事をやりたいと、正義さんのオファーを受けるんだよね。
禁煙さんは、「金も地位も名声も、しょせん子どもじみたこと」とも言う。
そんなことをはっきり言えて、それを生きる大人はそうはいない。
ウーリの勇気
5人の少年たちの中で、ひときわ小柄で臆病なキャラクターとして描かれているのが、貴族家系の息子ウーリ。
ウーリは自分の臆病を恥じていて、逃げたり不安を表に出したりしてしまったら、いつも後悔している。
実業高校とのケンカとか、怖くて当然だよね。
当時は逃げたら「男らしくない」と言われてしまうのかも。
ある日ウーリは自分が臆病ではないことを示すため、校庭で高いはしごから飛び降り気絶、右足を骨折する。
この事件は、他の少年たちや、なによりウーリ自身を変えるきっかけとなった。
マッツとの友情
ウーリと特に仲が良いのが、大柄でケンカが強いマッツ。
ウーリがはしごから飛び降りて気をうしなったとき、マッツはいち早くかけつけ、泣き出すんだよね。
ウーリを思うマッツの姿に泣けます。
周りはウーリのことを「いくじなし」と言っても、マッツはウーリをそうは思わなかったし、いつも助けていた。
マッツはウーリの素直で優しいところが大好きだったんだよね。
マッツがウーリのそばにいたがり、クリスマス休暇の帰省をやめたいと言い出すところもぐっとくる。
セバスティアーンに共感
みんながウーリの勇気に一目おくなか、頭が切れるゼバスティアーンだけは違った。
ウーリが飛び降りたのは、勇気があったからではなく、「自分がいくじなしであることを恥に思っていたからだ」と言う。
素直でまっすぐなウーリは、その恥を重くとらえ、なんとかしたいと思ったんだと。
なぜゼバスティアーンがそこまでわかるかと言うと、ゼバスティアーン自身が自分をいくじなしだとわかっているから。
だけど、ゼバスティアーンの場合はウーリと違い、周りに気づかせないようにごまかしている、と話す。
自分のことをそこまでわかって話せるゼバスティアーン、すごい。。
大人になれば、だれだって欠点や弱みを隠してうまく立ち回るようなことをやっている。
ゼバスティアーンは早熟で、それをよくわかっていただけのこと。
だけどウーリやほかの少年たちは、欠点や弱みがあること自体が恥だと思い、それを克服するのが良いことだと信じているんだね。
ウーリの自信
当事者のウーリは、この事件によって周りから一目おかれ、自分への誇りを取りもどした。
だけど、ウーリが初めから自分に「臆病」というラベルをはらなかったなら、わざわざ事件を起こしてまで「克服」する必要もなかったんだよね。
一部始終をきいたベク先生はそれをよくわかっていて、今後こういうことが流行らないように生徒に言い聞かせる。
その一方で、ウーリにとっては「勇気を行動で示す」ことでしか自分を変える方法はなかった、ということも確か。
間違った方法かも知れないけど、明らかにこのあとウーリは変わったのだから、事件はウーリのために必要なことだったとも言える。
マルティンの苦悩
ウーリが事件を起こしたその日、少年マルティンは「貧乏」という壁にぶつかっていた。
マルティンは奨学金をもらい学んでいる優等生。
実家は貧乏だが家族は愛情で結ばれていて、クリスマスに帰省するのが何よりの楽しみだった。
だけど、今年クリスマス前に届いたお金は、帰省のための汽車賃に足りなかった。
母の手紙を読んだマルティンは、泣くまいとふんばるけど、こらえきれない。
母の愛情と辛さを痛いほど感じ、いたわる気持ち。
帰省できなくて、どうしようもなく悲しい気持ち。
両方が伝わってきて泣けます。
母を思いやり、元気づける返事を書きながらも、マルティンの心は沈む。
休暇を前にはしゃぐ仲間たちに打ち明けることもできず、ひとりで思い悩む姿に胸が締めつけられる。
正義さんの優しさ
マルティンの様子がおかしいのに気づくのは、やっぱりベク先生。
生徒たちが帰省して、がらんとした校舎を歩いていると、ひとり校庭にたたずむマルティンを見つける。
なかなか理由を言わなかったマルティンが、ベク先生の一言でタカが外れたように泣いた瞬間、ももちんも一緒に泣いていた。
ベク先生は、マルティンのプライドが傷つくことなく「クリスマスプレゼント」を受け取れるように、絶妙な距離感と圧(笑)で接する。
恩着せがましくなく、かといってよそよそしくもない、お互いが感謝と愛でつながる絆をはっきり感じた。
しかも、ここで終わりじゃない。
さらに心温まるラストに満たされ、しばらく余韻に浸っていたよ。
ケストナーの前書きとあとがき
物語の初めと終わりには、物語の作者「ぼく」による「まえがき」と「あとがき」が掲載されている。
この「まえがき」を読むと、ケストナーが読者に伝えたかったことが読み取れる。
かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし、勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ!
引用元:『飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー著、池田香代子訳、岩波書店、2006年
「かしこさと勇気、両方をともなってこそ、人類の進歩だ」と、ケストナーは言ってるんだよね。
『飛ぶ教室』が発表された1933年は、ナチスが政権をとった年でもある。
ケストナー自身、迫害を受け執筆を禁じられ、個人の努力ではあらがえない暴力と理不尽さを感じたに違いない。
この時代の唯一の希望とも言える「子どもたち」に自分の思いをたくしたのもうなづける。
「あとがき」では、少年たちの2年後も描かれているよ。
感想おさらい
出版社別『飛ぶ教室』
ケストナーの小説『飛ぶ教室』は、現在、いろんな翻訳や挿絵で刊行されているよ。
翻訳で比べてみると、「です・ます」調か「だ・である」調かで、文章の雰囲気が全然変わる。
挿絵も原書のヴァルター・トリヤー以外に、日本の画家が手がけているものもある。
自分にあった『飛ぶ教室』を見つけてみてね。
出版社別『飛ぶ教室』
小説『飛ぶ教室』12作品比較。文庫や児童文庫、挿絵など特徴まとめ
『飛ぶ教室』は、ドイツの作家エーリヒ・ケストナーが生んだ、世界中で愛読されている児童文学。 現在さまざまな出版社から刊行されているので、特徴別にまとめてみた。 こんな方におすすめ 『飛ぶ教室』を読んで ...
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これは違う『飛ぶ教室』
ケストナーの小説『飛ぶ教室』のことを調べたら、他にも雑誌や漫画の『飛ぶ教室』があることがわかった。
『飛ぶ教室』ってタイトル、かっこいいもんね。
雑誌や漫画の『飛ぶ教室』もなかなか興味深い!
雑誌『飛ぶ教室』
【ご紹介】「飛ぶ教室」は、子どもから大人まで楽しめる児童文学総合誌!
⭐️短いお話やエッセイ、漫画など、いろいろな形で、子どもにまつわる「今」や「かつて」が詰まってます
⭐️紙が軽く、やさしい風合い。すんなりかばんにも入って、持ち運びも楽々!
ぜひいちどお手に取ってみてください😜 pic.twitter.com/MOVSmrdp1F
— 飛ぶ教室 児童文学の冒険 (@tobu_kyoshitsu) August 21, 2019
雑誌『飛ぶ教室』は、児童文学をメインテーマに年に4回、光村図書出版が刊行している。
積極的に短編小説・童話などの作品募集を行い、これまでにも江國香織や梨木香歩などの人気作家を輩出してきた。
1981年創刊。1995年に休刊するが、2005年に復刊する。
復刊時の編集人は児童文学作家・翻訳者の石井睦美。
参考:Wikipedia
高校生のとき愛読した『つめたいよるに』の江國香織は、『飛ぶ教室』出身だったんだね!
ありがとうございます。
漫画『飛ぶ教室』
30年以上前に少年ジャンプで連載してて大好きだったひらまつつとむ先生の「飛ぶ教室」が復刻している事を知り購入。核戦争後の世界を生き延びる120人の小学生の話。30年以上前の作品だし今の目で見ると厳しいかと思ったらとんでもない。今読んでも感動できる。続編を出す予定らしいので楽しみ。 pic.twitter.com/bgmtOIzQBS
— ツキカゼ (@TsukikazeZERO) September 17, 2018
漫画『飛ぶ教室』は、集英社刊の『週刊少年ジャンプ』1985年24〜38号に連載された、ひらまつつとむの漫画。
核戦争を生き抜いた小学生たちと女教師を描いている。
連載当時から人気を読んだが、テーマの重さから連載十数回で打ち切りが決まる。
2015年、終戦70周年を節目に復刊ドットコムから完全版として復刊された。
2020年5月、新作描き下ろしの続編166ページを追加した「完全版 飛ぶ教室」が刊行された。
参考:Wikipedia
漫画『飛ぶ教室』かなり気になる・・・!
まとめ
『飛ぶ教室』本の感想まとめ。
クリスマスを目前にした寄宿学校の少年たちの友情と、ふたりの大人との絆を描いた作品。
ももちんが心から出会えてよかったと思った本でした。
クリスマスに読みたい海外小説については、こちらのバナーからどうぞ。
書籍の表紙画像について、各出版社/著者ご本人から許諾を得るか、版元ドットコム等許諾申請不要の確認のもと掲載しています。表紙画像掲載不可または可否不明の書籍については、Amazonアソシエイトの商品画像リンクを掲載しています。