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小説『たのしいムーミン一家』あらすじと感想。人気を決定づけた名作

2019年4月22日

『たのしいムーミン一家』はトーベ・ヤンソンの小説「ムーミン」シリーズの3作目。

ムーミンシリーズで日本で一番読まれているのはこの「たのしいムーミン一家」

ほのぼのした中にもたくさんの冒険があって味わい深い名作。

この記事で紹介する本

こんな方におすすめ

  • 前作『ムーミン谷の彗星』が面白かったので続編も読んでみたい
  • 小説『たのしいムーミン一家』のあらすじと見どころを知りたい

『たのしいムーミン一家』とは?

『たのしいムーミン一家』(原題”Trollkarlens hatt”)は、フィンランドの女流作家・画家のトーベ・ヤンソンにより、1948年に発表された。

1945~1970年に刊行された小説「ムーミン」シリーズ全9作のうちのひとつ。

発表順としては『小さなトロールと大きな洪水』(1945年)『ムーミン谷の彗星』(1946年)に続く3作目

前の2作品の売り上げはかんばしくなかったが、3作目の今作で人気が確立し、以降のシリーズ続行が決定づけられた。

イギリスで翻訳刊行され、ムーミンが世界的に有名になっていくきっかけとなった記念すべき作品

日本では1965年、山室静訳で講談社より刊行された。

参考:「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」図録、『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子・五十嵐淳訳、河出書房新社、2014年、Wikipedia

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山室静(訳)

山室静は、ムーミンの原書を日本へ持ち帰り、最初にムーミンシリーズを翻訳した人。

『たのしいムーミン一家』『ムーミン谷の冬』『ムーミン谷の仲間たち』の3作の翻訳を手掛けている。

「ニョロニョロ」「飛行おに」など、日本人に耳なじみのよい名訳を生み出した。

参考:『MOE』2015年12月号、白泉社

 

略歴・主な作品

詩人、文芸評論家、翻訳家。

1906年鳥取市生まれ。7歳から長野県佐久市で育つ。

1927年に岩波書店に入社するが、労働争議により退社。

1939年東北大学入学、2年後に繰り上げ卒業。

プロレタリア科学研究所に属し、たびたび逮捕拘留など弾圧を受ける。

1958年に日本女子大学講師となり、のちに教授に就いた。

北欧文学・神話についての数々の著作や、アストリッド・リンドグレーン、トーベ・ヤンソンなど北欧の児童文学作家の翻訳書を多く残した。

2000年死去。

参考:Wikipedia

代表作(翻訳)

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登場人物

  • ムーミントロール:今作の主人公。ムーミン一家の好奇心旺盛な優しい男の子。
  • ムーミンパパ:ムーミントロールの父親。夢見がちでロマンチスト。
  • ムーミンママ:ムーミントロールの母親。賑やかなムーミン一家を支える。常に黒いハンドバッグを携帯している。
  • スニフ:小さなカンガルーのような外見の生き物。臆病で、宝石などキラキラ光る物が大好き。
  • スナフキン:ムーミントロールの親友。自由と孤独、音楽を愛する旅人。
  • スノーク:ムーミンと姿形は似ているが異なる種族の生き物のお兄さん。仕切りたがり屋。
  • スノークのおじょうさん:スノークの妹。ムーミントロールのガールフレンド。
  • ジャコウネズミ:哲学書を好み、悲観的な性格。
  • ヘムレンさん:スカートのような服を着ている。切手収集家だったが、今作で植物収集家になる。
  • ニョロニョロ:小さいお化け。白い靴下のような謎の生き物。身体に電気を帯びており、不用意に近づくと感電する。

初登場

  • ありじごく:ライオンのような外見で、侵入者には砂をかけて掘った穴に引きずり込むやっかいな生き物。
  • モラン:触れるものを凍りつかせる女の魔物。今作では裁判の原告になるなどムーミン達と会話できる。
  • トフスランとビフスラン:不思議な話し方をする小さな夫婦。
  • 飛行おに:シルクハットをかぶった不思議な魔法使い。

参考:Wikipedia

 

あらすじ

一言あらすじ

ある春の日ムーミントロールたちが拾った帽子は、中に入ったものをおかしなものに変えてしまう帽子だった。

帽子をめぐる不思議なできごとを体験するうちに、その帽子は謎の魔物「飛行おに」が落としたものであるとわかる。

また、ルビー好きの飛行おにが探している「ルビーの王さま」を持った生き物が現れて・・・

 

ももちん
このあとは詳しいあらすじ。(ネタバレあり) 感想から読みたいならこちら(後ろへとびます)→→本を読んだ感想

  • 11月

    ムーミン屋敷ではムーミントロールとムーミンパパ・ママ、スニフとスナフキンが冬眠に入る


  • 3月

    冬眠から目覚める。

    ムーミントロールとスナフキンとスニフが黒い帽子を見つけ、持ち帰る。

    ムーミントロールとスノークのおじょうさんは突然現れた不思議な雲に乗って遊ぶ。


  • 夏至の前日

    ムーミントロールが黒い帽子にかくれるとおかしな姿に変わるが、もとに戻る。

    ありじごくを黒い帽子に入れると小さな針ねずみに変わる。

    ムーミンパパとママが帽子を川に流すが、スナフキンとムーミントロールがこっそり拾い上げほらあなに隠す。


  • 夏至

    じゃこうねずみがほらあなに行き、黒い帽子でひどい目に合う。

    ムーミントロールたちはピクニックに出かけ、浜辺で見つけた船に乗り島にたどりつく

    ヘムレンさんは島に集っていたニョロニョロの気圧計をとってきてしまう。

    嵐がやってきて島に一泊することにする。


  • 夏至の夜〜翌日

    ニョロニョロが気圧計を取り戻しにやってきて、一同驚かされる。

    翌日各々は島を探索し、スノークのおじょうさんはきれいな女の巨人の像を見つけ、ムーミントロールにあげる。


  • 6月の末

    ムーミントロールたちは数日間ほらあなでキャンプする。

    スナフキンの話で黒い帽子が魔物の「飛行おに」のものだとわかる。

    黒い帽子の魔法でムーミン屋敷が草やぶに覆われるが、一日で枯れる。

    スノークが中心となって巨大な魚マメルクを釣るが、ヘムレンさんが焼いて食べてしまう。


  • 8月の初め

    トフスランとビフスランがモランに追われ、スーツケースをもって逃げてくる。

    スーツケースの中身をめぐって裁判が開かれる。

    モランは黒い帽子をもらって姿を消す。


  • 8月の末

    スナフキンが旅に出る。

    ムーミンママのハンドバッグがなくなりひと騒動。

    夜の大パーティに飛行おにが現れる

 

『たのしいムーミン一家』感想

『たのしいムーミン一家(講談社文庫)』トーベ・ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年

今作『たのしいムーミン一家』は、謎の魔物「飛行おに」の帽子と飛行おにが探し求める「ルビーの王さま」をめぐる物語。

前作『ムーミン谷の彗星』の不気味な雰囲気から一変、今作はほのぼのしていて日常の中で不思議な魔法や冒険が展開していく。

ムーミン屋敷にはシリーズで一番多くのキャクターが住んでいて、ごちゃごちゃしながら進んでいく様子もにぎやか。

 

『たのしいムーミン一家』ポイント

 

夏の冒険が満載

今作では、春から夏の終わりにかけての気持ちの良い海、森、川などの自然の描き方が印象的

ムーミンたちはピクニックやキャンプ、ボートや釣りを楽しみながらさまざまな事件に遭遇する。

ももちん
北欧の夏の遊びをムーミンたちと一緒に楽しみながら読みすすめよう。

 

夏至に一家で島へピクニック

ムーミン一行が夏至に出かける見知らぬ島へのピクニック。

ランチを食べてるときに突然ピクニックを決めて、みんなをまとめるパパとママが一番わくわくしてるのがかわいい。

スニフがぐずっても、「子どもはおだまり。」と一蹴するムーミンパパ、大人げない(笑)

ムーミンママも、ハンドバッグにたくさんの道具や食料を詰め込んでいきいきしてる。

こんな陽気で自然が大好きなパパとママ、すごくいい。

浜辺で見つけたボートで海に出る場面は、海やおひさまの輝き、みんなのわくわくが伝わってきてこっちまでわくわくしてくる。

ニョロニョロの出現や突然の嵐などを通して、一人ひとりの体験がいきいきと描かれている。

 

夏至のニョロニョロ

このピクニックで印象的なのはニョロニョロ

ニョロニョロは年に一回夏至の日に会合を開くけど、ちょうどムーミン一家のこの航海と同じ日だった。

前作『ムーミン谷の彗星』では遠くの川に少し姿を現しただけだったけど、今作ではばっちり不気味さを発揮してみんなを怖がらせる。

そもそもニョロニョロは言葉を発さず、耳も聞こえず、集団でさまよいつづける正体不明の生き物。

意思の疎通ができない、何を考えているのかわからないところがとてつもなく不気味なんだよね。

ももちん

夏が短い北欧に住む人にとって「夏至」は特別な日。

小説『ムーミン谷の夏まつり』では夏至祭や夏至のニョロニョロについて描かれているよ。

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6月終わりのほらあなキャンプ

6月末の子どもたち&ヘムレンさんだけのほらあなキャンプキャンプを提案をするのは、ちょっとゆっくりしたいムーミンママ。

ももちん

子どもたちにじゃまされない時間も望むママの素直さが素敵。

この提案のおかげで、ムーミントロールたちも目をキラキラさせてキャンプに出かけていく。

ほらあなキャンプでは子どもたちだけで怖い話をしたり、釣りで巨大な魚マメルクを釣ったりする。

夜にスナフキンが話す怖い話も、子どもたちだけのわくわく感が伝わってくる。

 

夏の終わりのパーティー

物語の終盤で開かれる大パーティーの準備がなんとも楽しそう。

  • ムーミンママはごちそうの準備で大忙し。
  • スノークのおじょうさんは、パーティーで身につける飾りで迷ってる。
  • スノークは、庭の木にちょうちんをぶらさげる。
  • ヘムレンさんは、しかけ花火をしかけて歩く。
  • ムーミンパパは、ポンス(くだものいりの酒)をこしらえる。

月が出るころ、ムーミン谷の住人たちや森や川に住む生き物たちが大勢集う。

パーティーで登場する料理、全部美味しそうだった。

 

本性を浮きぼりにする「帽子」

今作初めでムーミントロールたちが拾うシルクハットは、物語の中で重要な役割をもっている。

「中に入ったものをおかしなものに変えてしまう」という帽子の魔力にふれて、関わる者は次々と本性を引き出されていく。

 

ムーミンママの思いやり

ムーミンたちが持って帰った帽子をまずかぶってみたのはムーミンパパ。

お世辞にも似合っているといえなかったその姿へのムーミンママのセリフが素敵。

とてもすてきよ。そうね、それをかぶったところは、とてもハンサムだわ。でも、すこしあなたには、大きすぎないかしら。

引用元:『たのしいムーミン一家』ヤンソン作、山室静訳、講談社、1990年

ムーミンママは、いつも思いやりに満ちた言葉で伝える

結果ムーミンパパもいやな気持にならずに、自分で似合わないと判断し帽子を脱ぐ。

オブラートに包んでやんわり伝えることの極意を学ばせてもらった。

 

皮肉を言うスナフキン

帽子を家においておこうとするムーミン一家に対するスナフキンの皮肉も独特。

そら、こうやってくずいれにしたらどう。 これでまた、財産が一つ、ふえるわけだものね

引用元:『たのしいムーミン一家』ヤンソン作、山室静訳、講談社、1990年

前作からスナフキンはものを持つことをきらっているセリフを言っていたけれど、今作でもそれは健在。

ものを持たないからこその自由を、スナフキンはいつも感じているんだよね。

 

醜い姿に変身してしまうムーミン

帽子の魔力で大変な思いをするのがムーミントロール。

帽子の力を知らずに中にかくれておかしな姿に変身してしまうんだよね。

その姿はいつもと真逆、がりがりでぎょろめのみにくい姿

みんなはそれがムーミントロールだとは1ミリも思わず、おかしな侵入者扱い。

スノーク、スニフ、ヘムレンさんあたりならともかく、冷静な目を持っているスナフキンまでムーミントロールだと信じない。

いつも一緒に過ごしている仲間たちなのに、こんなにもわからなくなってしまうシビアさよ・・・。

大好きな人に信じてもらえないムーミントロールの悲しみが伝わってきた。

 

ひとり気づくムーミンママ

だれにも信じてもらえないなかで、変わり果てたムーミントロールはムーミンママに泣きつく。

ムーミンママは、注意ぶかく見つめました。そうやって、とても長いこと、おびえきっているむすこの目の中をのぞきこんでいましたが、さいごにママは、しずかにいいました。

そうね、おまえはたしかにムーミントロールだわ。

引用元:『たのしいムーミン一家』ヤンソン作、山室静訳、講談社、1990年

ムーミンママに気づいてもらえた瞬間、ムーミントロールは元の姿に戻る。

外見に惑わされずにムーミントロールを見分けることができたのは、お母さんのムーミンママだけ

今作ではムーミントロールとスノークのおじょうさんの仲の良さも見どころだけど、この場面はムーミンママの愛情に軍配が上がったな、と思った。

 

トフスラン&ビフスラン

物語の後半ムーミン屋敷にやってくるのは、小さな二人組トフスランとビフスラン。

二人のセリフのあべこべの加減が絶妙におかしくて、読んでてくすっと笑ってしまう。

ももちん

例えば

だいっていって、はいじょうぶかしら?(はいっていってだいじょうぶかしら?)」とか、

じれかきたわ、だっとして。(だれかきたわ、じっとして。)」とか。

この話し方の謎にいち早く気づき、話せるようになるのがヘムレンさんというところも意外。

頭がかたいイメージのヘムレンさんが、陽気に不思議な言葉を使っているところがめっちゃ新鮮。

 

ちゃっかりしているけど憎めない

トフスランとビフスランは、誰かにとって大事なものを悪気なく持ち出してしまうところがある。

ももちん

飛行おにやモランが欲しがっている「ルビーの王さま」や、ムーミンママの大事にしているハンドバッグも借りちゃう。

わりと命の次くらいに大事なものだったりするので、見てて「はぁ?」と思ったりもした。

だけどその物を本当に大事に想う気持ちがわかると、反省して返したり分けてあげたりするんだよね。

スナフキンと別れたムーミントロールをなぐさめようと、「スーツケースの中身」をムーミントロールに見せてあげるところもほっこりする。

 

モデルは元恋人

ちゃっかりしててかわいらしい夫婦トフスランとビフスランは、「ムーミン」小説シリーズでは今作だけに登場するキャラクター。

このトフスランとビフスランは、トーベ・ヤンソンと当時付き合っていた女性の恋人ヴィヴィカ・バンドラーがモデル

1946年に出会ったトーベとヴィヴィカは、お互いにパートナーがいながらひかれあった。

『たのしいムーミン一家』の執筆を始めたトーベ・ヤンソンは、ひそかに自分たちふたりに見立てたキャラクターをもりこんだ。

トーベはヴィヴェカ宛てに手紙を書き、トフスランとヴィフスランという生き物のモデルは自分たちふたりなのだ、と興奮した様子で綴った。そして、これからはトフスランたちは離ればなれになることなく、ムーミン谷でいつも一緒に冒険するとも書いている。

引用元:『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子・五十嵐淳訳、河出書房新社、2014年

同性愛が禁止されていた当時のヨーロッパ社会において、ふたりが愛をはぐくむのは容易なことではなかった。

二人は別れてからもムーミンの舞台で脚本と監督をつとめ、親しい友人としての交流はつづいた。

参考:『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子・五十嵐淳訳、河出書房新社、2014年

 

不気味なモラン

今作では、ムーミンシリーズを通して不気味な存在感を放つ「モラン」が初めて登場する。

トフスランとビフスランのスーツケースの中身をねらってムーミン屋敷の前に姿を現したモランは、次のように書かれている。

モランは、身うごきもせずに階段の下のじゃり道にすわって、まんまるい、死んだような目で、じいっとこちらを見つめていたのです。

引用元:『たのしいムーミン一家』ヤンソン作、山室静訳、講談社、1990年

モランは静かに追いかけてきて気づいたらそばにいるところがおそろしい。

おそいかかってくるようなわかりやすい怖さではなく、逃れられない暗黒的なこわさ。

なかなか他の児童文学では見られない、ぞっとするような悪役の描き方だと思う。

だけど大人になってから「ムーミン」を読むと、このモランが登場することで物語がぐっと自分の中にはいってくる。

こわいけどどこか通じるものを感じる、というか。

モランは誰でもあり、誰でもない。モランの中には、作者自身と読者一人一人の孤独や残酷な部分が投影されている。モランはすべての人の心の中にいるので、誰もモランから逃げることはできない。

引用元:『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子・五十嵐淳訳、河出書房新社、2014年

ほとんど言葉を発さずだれも愛さずだれからも愛されない、孤独で冷たい生き物。

ムーミンママやスノークのおじょうさんのように陽気で優しい部分だけではなく、モランという化け物がだれの心にもある暗黒部分を表してくれていることで、物語にぐっと深みが増すんだよね。

今作で初めて登場するモランは、次作『ムーミンパパの思い出』以降もたびたび登場し、不気味な存在感を放っている。

 

トフスラン&ビフスラン VS モランの裁判

スーツケースはトフスランとビフスランのものだけど、スーツケースの中身はもともとモランが持っていたものだという。

そこで解決策をだすためにスノークが裁判官となって開く裁判の場面では、いくつも感じることがあった。

 

スーツケースの中身は誰のもの?

まずスニフが、「モランがなかみをとりもどす。トフスランとビフスランたちにスーツケースをやればいい」と言う。

ももちんも全く同じことを考えた。だって、もともとスーツケースの中身はモランのものだったんだから、当然モランに返さなくちゃいけないんじゃない?って。

そこに反論するのがヘムレンさん。

ヘムレンさんは、モランはまだ一言も発してないのに、その外見から「スーツケースの中身はふさわしくない」と決めつけてしまったんだよね

それに対してスニフは同情の熱弁をふるう。

モランが誰からも愛されず孤独であること、このスーツケースの中身がどれほどなぐさめであるかをせつせつと訴える。

裁判官のスノークは「二人ともおセンチである」とばっさり

 

裁判の判決

トフスランとビフスランは、スーツケースの中身を「世界一美しい」と思い、愛情を感じている。

モランはスーツケースの中身を「世界一高い」と思い、売ろうと思っている。

スーツケースの中身を持つべきなのは、「物への愛情をもつ者」か「法的な所有者」か。

ももちんは初め当然のように「法的な正しさ」を主張したくなったけど、もしかしたら違うのかもしれない。

法的には間違っていても、愛情がある方にもっていられた方がその中身も幸せなのかもしれない。

ももちん
結局、モランがスーツケースの中身と同等の価値のある「魔法の帽子」を手に入れ姿を消す。

 

ムーミントロールと仲間たちの関係

今作でもムーミントロールや仲間たちのやりとりがおもしろく、それぞれの個性が全開。

前作『ムーミン谷の彗星』から変化している関係性もあった。

 

ムーミントロールとスナフキンの友情

今作ではスナフキンのことが大好きなムーミントロール、孤独を愛するスナフキンの微妙な関係が見られる。

ムーミントロールとスナフキンの魔法の帽子を探す夜の探検は、夏の夜の自然の気持ちよさが生き生きと伝わってくる。

スナフキンが一人ではなく自分を誘ってくれたこと、「帽子をほらあなに隠しておく」という秘密を共有したこと。

ムーミントロールがスナフキンと親しい友だちになれて誇らしい気持ちが伝わってくる。

 

夏の終りの別れ

楽しく過ごした夏の終わりのある日、スナフキンが旅に出ることを決める。

なんでもないことのように「今日旅発つ」と告げるスナフキンに、ムーミントロールの返事は「ごきげんよう」の一言だけ。

そして別れた後、ムーミントロールは激しく落ち込む。

この夏ムーミントロールとスナフキンは、一緒にたくさんの冒険をし秘密も共有した。

その様子を読者のももちんも一緒に体験したので、スナフキンが旅に出ることを告げたときはいよいよ物語の終わりを予感し、寂しくなった。

 

スニフだけは子ども扱い

前作からムーミントロールと一緒に冒険しているスニフは、今作でも友だち。

だけどだんだん大人びてきているムーミントロールに対して、スニフはまったく変わらないんだよね。

ものへの執着、臆病さ、スノークのおじょうさんをからかって泣かせてしまったり。

一向に成長していないスニフは、やたらおさなく見える。

ムーミントロールはスナフキンと深く心を通わせていて、スニフのことは弟っぽく見てる感じ。

 

ムーミントロールとスノークのおじょうさんのロマンス

今作では、ムーミントロールとスノークのおじょうさんの仲の良さがさらに際立っている。

ムーミントロールの男らしさや優しさと、スノークのおじょうさんの女性らしくもたれかかる感じが、見ててきゅんとなる。

特にももちんがきゅんとしたのは、スノークのおじょうさんがきれいな女王の像にやきもちを焼いて、ムーミントロールが同意する場面。

するとムーミントロールは、いそいでへさきからおりてきて、スノークのおじょうさんのそばにすわりました。

それからしばらくして、ムーミントロールはいいました。

まったくだ。あの木の女王は、ほんとにおそろしくばかに見えるね

引用元:『たのしいムーミン一家』ヤンソン作、山室静訳、講談社、1990年

スノークのおじょうさんのやきもちは、女性なら誰でも共感できるみっともないけど素直な気持ち

それを感じたムーミントロールの、スノークのおじょうさんへの優しさや愛がとても伝わってくる。

前作より確実に成長しているムーミントロールを見た感じ。

 

ヘムレンさんを受け入れる仲間たち

今作でムーミンたちとよく一緒に出かけるヘムレンさんは、悪い人じゃないんだけどなんか鼻につくキャラクター。

夏至の島で、ヘムレンさんはニョロニョロたちに囲まれてしまいスナフキンに助けられるんだけど、とっさにニョロニョロの気圧計をもってきてしまう。

ここでヘムレンさんがニョロニョロに謝りもしなければスナフキンにお礼も言わないところにモヤッとした。

その夜ニョロニョロたちは気圧計を取り返しにやってきて、ヘムレンさんだけじゃなく周りも災難にあうんだよね。

ももちん

ヘムレンさんは鼻をふみつけられ気圧計をもっていかれる。

スニフは感電する。

スノークのおじょうさんは、ニョロニョロに触れて前髪を燃やされてしまう。

飛び起きてにげだしたヘムレンさんにテントが引っ掛かり倒れてしまう。

ヘムレンさんは自業自得だけど、周りの人は完全にとばっちり。

でもそんなヘムレンさんに、だれ一人責めるような言葉はかけない

それよりも自然の美しさを一緒にながめる方が、ずっと良い時間の過ごし方。

白々と明けてくる空をみんなでくっつきあって眺めるヤンソンの挿絵は、その素晴らしさを物語っているように感じた。

ももちん

シリーズ通してヘムレンさんはよく登場する。

特に『ムーミン谷の冬』のヘムレンさんは絶妙にモヤモヤさせてくれるので、かえっておもしろい。

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皮肉屋だけど憎めないスノーク

スノークのおじょうさんの兄スノークは、今作でも持ち前の理屈っぽさと毒舌を発揮する。

前作でもちょっと辛口で仕切りたがりの性格が出ていたけど、今作では前作以上に皮肉なセリフがよく出てくる。

まるで反抗期の少年みたい(笑)

巨大な魚「マメルク」を釣り上げたときの仕切りっぷりと、得意げな感じもスノークらしい。

目方をはかるまえにヘムレンさんがマメルクを食べちゃったときの一言もきつい(笑)

ひでえおっさんだ。もう、おれのさかなのめかたがはかれないじゃないか。

引用元:『たのしいムーミン一家』ヤンソン作、山室静訳、講談社、1990年

腹を立てるというより冷たくぐさっと切るスノーク、嫌いじゃない。

 

意外な優しさ

冷たい皮肉屋な印象のスノークだけど、短気ではないんだよね。

キャンプで寝てるときヘムレンさんにいたずらされるんだけど、腹を立てずにこんないたずらを考えたヘムレンさんに驚いてみせる。

スノークも多少皮肉を込めていたんだろうけど、まったく引きずらずにすぐ釣りの準備に入る

頭がいいスノークは、ほかの人の頭の良いところは素直にうやまうけど頭の鈍いところには厳しいのかもしれないね。

 

最後に登場する飛行おに

物語を通して謎の存在である「飛行おに」は、最後に登場する。

飛行おにはおそろしい魔物といううわさだったけど、実際の飛行おには紳士で優しかった

「ルビーの王さま」をトフスランとビフスランにゆずってもらえないと悟った飛行おには、自分のなぐさめのために、みんなの願いごとを魔法で一つずつ叶えてあげることにする。

トフスランとビフスランのお願いによって最後にはみんなの願いが叶い、幸福な気もちでパーティーの夜がふけていき、秋がやってくる。

 

それぞれの願い

ここでそれぞれが願うことに個性があらわれていておもしろい。

なかでもおもしろかったのが、スノークのおじょうさんとスノーク。

きれいになりたかったスノークのおじょうさんは「木の女王のような大きな目」をお願いする。

実際に大きな目になっておかしな顔になってしまったおじょうさんは、まだ願いごとが残っている兄のスノークに、元に戻してもらうようにお願いするんだよね。

スノークには別の願いがあったのに、文句をいいながらも妹の願いを叶えてあげるところ、なんだかんだいって優しいよね。

 

感想おさらい

 

『たのしいムーミン一家』が読める本の形

今回ももちんが読んだのは、ムーミン童話全集の『たのしいムーミン一家』。

『たのしいムーミン一家』は、ムーミン童話全集以外にも、文庫や復刻版、児童文庫で刊行されている。

 

ソフトカバーの新版

『ムーミン全集[新版]2たのしいムーミン一家』トーベ・ヤンソン作、山室静訳、講談社、2019年

2019年3月に講談社より新しく刊行されているのが、ソフトカバーの『ムーミン全集[新版]』

講談社1990年刊のハードカバー『ムーミン童話全集』を改訂したもの。

翻訳を現代的な表現・言い回しに整え、読みやすくし、クリアなさし絵に全点差し替えられている。

ソフトカバーなので持ち歩きやすい。

これから「ムーミン」シリーズを買って読もうと思っているなら、最新版のこちらがおすすめ。

『たのしいムーミン一家』は2019年6月刊行。

電子書籍版あり。

新版はココがおすすめ

  • 翻訳が現代的な表現、言い回しに整えられているので読みやすい
  • クリアなさし絵に全点差し替え
  • ふりがな少なめで大人が読みやすい
  • ソフトカバーなので持ち歩きやすい
  • 電子書籍で読める

 

復刻版

『たのしいムーミン一家 復刻版』トーベ・ヤンソン作、山室静訳、講談社、2015年

2015年に講談社より、ムーミン出版70周年を記念して刊行されたのは、『たのしいムーミン一家』の復刻版。

表紙がとにかくかわいい!

函入りなのでプレゼントにも最適

付録として、表紙ポストカードと、過去に出版されたムーミン童話が一覧となっている「ムーミン童話日本出版50年のあゆみ」も封入されている。

復刻版はココがおすすめ

  • ムーミンシリーズのなかでも『たのしいムーミン一家』だけの特別感
  • 表紙がかわいい
  • 付録のポストカードと冊子つき
  • 函入りなのでプレゼントにも最適

 

講談社文庫

『たのしいムーミン一家(講談社文庫)』トーベ・ヤンソン作、山室静訳、講談社、2011年

講談社文庫の「ムーミン」シリーズは、1978年に初めて刊行された。

2011年に新装版が刊行。

写真では2011年刊行時の表紙だが、2019年3月現在、フィンランド最新刊と共通のカバーデザインに改められている。

文庫版だけど挿絵が豊富で、ふりがなも少なく読みやすい。

大人が手軽にムーミンを読みたいなら、講談社文庫がおすすめ。

電子書籍版あり。

文庫はココがおすすめ

  • ふりがな少なめで大人が読みやすい
  • 値段がお手頃で気軽に読める
  • 電子書籍で読める

 

青い鳥文庫

『たのしいムーミン一家(新装版) (講談社青い鳥文庫)』トーベ・ヤンソン作、山室静訳、講談社、2014年

講談社青い鳥文庫は、1980年に創刊された児童文庫。

「ムーミン」シリーズは2014、2015年に新装版が刊行された。

児童文庫だけど、字は小さく漢字も多い。ふりがなもふられているが、難易度は文庫版とそんなに変わらない

児童文庫はココがおすすめ

  • 文庫よりサイズが大きめで読みやすい
  • ふりがな付き
  • 児童文庫にしては文字が小さいので、子どもが読むなら童話全集か新版の方がおすすめ

 

映画やアニメで描かれる『たのしいムーミン一家』

『たのしいムーミン一家』を元にしたお話は、映画やアニメでも描かれているので、紹介。

 

パペットアニメーション

1979年、トーベ・ヤンソンとラルス・ヤンソン監修のもとポーランドで制作されたのは、パペットアニメーション(全78話)のムーミン。

日本では、カルピスまんが劇場シリーズでムーミンの声をつとめた岸田今日子が一人ですべてのキャラクターの吹替を演じ、1990年にNHKBS2で放映された。

2012年、フィンランドでデジタル・リマスター版が制作されると、日本でも松たか子・段田康則の吹替で再吹き替えされた。

どちらの吹替版でも小説『たのしいムーミン一家』を元にしたエピソードが収録されており、原作の世界をパペットアニメーションでたっぷり味わえる。

参考:Wikipedia、『pen』2015年2月15日号(CCCメディアハウス)

岸田今日子版・全78話

松たか子・段田康則版・魔法の巻・全10話

 

アニメ『楽しいムーミン一家』

『楽しいムーミン一家』『楽しいムーミン一家 冒険日記』は、1990-1992年にかけてテレビ東京で放送されたアニメシリーズ。

原作者のトーベ・ヤンソンとラルス・ヤンソンも制作にかかわっている。

小説『たのしいムーミン一家』と、アニメ『楽しいムーミン一家』は、題名は同じでも、扱っているエピソードは違う。

アニメ『楽しいムーミン一家』全78話のうち、小説『たのしいムーミン一家』からエピソードをとったものは初めの8話

アニメ『楽しいムーミン一家 冒険日記』は全26話で、原作は主にコミックからとられている。

参考:Wikipedia

アニメ『楽しいムーミン一家』についてはこちら(ムーミン18シリーズまとめ記事へ)

 

【2021年10月公開】映画『TOVE/トーベ』

引用元:映画『TOVE/トーベ』 公式サイト

 

トーベ・ヤンソンをモデルにしたフィンランド制作の映画『TOVE/トーベ』 が2021年10月に公開された。

第二次世界大戦下でトーベ・ヤンソンがムーミントロールの物語を書き始めた背景、『たのしいムーミン一家』のトフスラン・ビフスランのモデルとなった恋人ヴィヴィカ・バンドラーとの出会いなどが描かれている。

トーベ・ヤンソンの写真やエピソードはムーミンが日本で有名になって以降のものが多いので、若い頃を描いているのは興味深い。

主演を演じたアルマ・ポウスティの祖母はトーベ・ヤンソンと親しい友人だったとのこと。

舞台でもトーベ・ヤンソンを演じた経験のあるアルマ・ポウスティが映画でどのようなトーベになっているのか気になる。

参考:『MOE 2021年11月号』

 

映画『TOVE/トーベ』 公式サイト

 

まとめ

小説『たのしいムーミン一家』見どころまとめ。

 

『たのしいムーミン一家』感想

 

ほのぼのした中にもたくさんの冒険があって味わい深い名作。

ムーミン展に行く前に読んでおくと、ムーミンの世界をより深く味わえるよ。

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ムーミンの記事

 

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  • この記事を書いた人

ももちん

夫と猫たちと山梨在住。海外の児童文学・絵本好き。 紙書籍派だけど、電子書籍も使い中。 今日はどんな本読もうかな。

-書評(小説・児童文学), 『ムーミン』シリーズ
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