乳がん

小林麻央さんの死から1年。同世代の乳がん経験者が思うこと。

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もうすぐ、小林麻央さんが亡くなって一年が経とうとしています。

2018年6月現在、なお、更新し続けられている麻央さんのブログは、260万人以上の読者に愛され、読む人に勇気を与え続けています。

小林麻央さんは、私と同世代でもあり、同じ乳がんでもありました。

それだけに、ブログにいつも元気をもらっていました。

あのとき、麻央さんの死から感じたものが大きすぎて、しばらく言葉にすることができませんでした。

あの報せから一年を経て、少しずつ私の中ではっきりとしてきた思いを、つづってみたいと思います。

  • ブログで発信し続ける強さ
  • 極限の状態であっても、日常への感謝をつづるしなやかさ
  • 麻央さんは、幸せの感度が鋭かった。最後まで幸せだったと思う

がんを公表するということ

麻央さんが乳がんであることを、夫の海老蔵さんが公表したとき、世の中に衝撃が走りました。

それは我が家も同じでした。

麻央さんと私は同じ年生まれです。

私は2013年に乳がんがわかり、その時点でステージは「初期」ではありませんでした。

速やかに治療に入ってから、順調に治療が進み、2014年に完全奏功に至ったことは、自分としても奇跡的なことと考えています。

2016年の秋、麻央さんが乳がんを公表しました。

海老蔵さんの表情や言葉から、麻央さんの病状というものもおのずと予想できました。

異変に気付いたとき、がんがわかったとき、治療を開始したとき、そして、強制的に世の中に知られてしまったとき・・・。

麻央さん自身の意思とは関係なく、それらはどんどん起こっていった。

麻央さんのチャーミングな印象と、乳がんという重さのギャップがありすぎて、しばらく受け入れることができませんでした。

ブログで発信し続ける強さ

がんであると公表された後、麻央さんは、ブログで闘病中の出来事や気持ちを発信していました。

元気に活躍しているときを、日本中が知っている中、あえて闘病中の今を発信するということ。

私は
力強く人生を歩んだ女性でありたいから
子供たちにとって強い母でありたいから

ブログという手段で
陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました。

出典:小林麻央のオフィシャルブログKOKORO.

この姿に、私は勇気をもらいました。

がんであっても、悪いことをしたわけではない。

隠れる必要も、隠す必要もない。

私自身、がんになったとき、周囲にカミングアウトすることを選び、闘病ブログを書いていました。

一般人の私でも、どれほど勇気がいることだったか。

麻央さんのような有名人、そしておそらくあの時点でステージ4だったことを思うと、その勇気は計り知れません。

それでも、がんのかげに隠れていたくない。

あれほど世の中への影響力のある方が、行動を起こしたということ。

それによって、たくさんの人たちが、がんについて、若年性であることについて、患者の気持ちについて、強い関心をもちました。

そしてなにより、同じ乳がんの人たちの、光となってくれました。

日常への感謝

麻央さんのブログを読んでいて感じるのは、ありのままを飾らず表現する、穏やかさ。

日常の一コマを、いとおしく見つめるまなざし。

闘病中の苦しい状態にあっても、心は常にナチュラル。

このありのままの姿が、どれだけ読者を勇気づけてきたでしょうか。

同じ闘病経験者ですが、麻央さんと私はステージも立場も違い、抱えるものも全く違うので、一概に「気持ちがわかる」とは言えませんし、言いたくありません。

しかし、がんになった経験がある人なら、誰でも、必ず一度は死を意識することがあるものです。

その強い恐れや悲しみに、人は簡単に飲み込まれてしまいます。

そしてその恐れは、本当には、家族にも誰にも共有することのできない、とても孤独なものなのです。

そんな中で、日常にある幸せに意識を向け、それを発信することが、どれだけ尊いことなのか。

すべての恐れや悲しみを受け入れて、そのうえで、1日1日、前に進むこと。発信し続けること。

もちろん、悲しいこと、辛いこと、もどかしい気持ちもありのまま表現されていました。そして、翌日には、必ず前を向いていた。

人間としてのしなやかな強さを感じました。

「かわいそう」ではない

麻央さんが亡くなったというニュースを聞いたとき、強いショックを受けた人は、たくさんいると思います。

私もそのひとりです。

しかしながら、麻央さんのことを、かわいそうだと思う気持ちはありません。

麻央さんがいなくなって、悲しくはあるけれど、それは私の気持ち。

そして、遺された人、生きている人の気持ちなのです。

亡くなる間際に、最愛の人に「愛してる」と伝えることができた麻央さんは、「かわいそう」でしょうか?

「かわいそう」という言葉を聞いて感じるのは、その言葉を発する人自身の価値観であり、感想であるだけ。

麻央さん自身がかわいそうなのではない。

日常の一コマに、あれほどの幸せを感じるほど、本当に心が豊かな人だった。

私は、麻央さんは、最後まで幸せだったのではないかと思います。

まとめ

私が麻央さんの姿から感じたことは、次のことでした。

  • ブログで発信し続ける強さ
  • 極限の状態であっても、日常への感謝をつづるしなやかさ
  • 麻央さんは、幸せの感度が鋭かった。最後まで幸せだったと思う

私も、たとえ、死を目の前にしたとしても、臆することなく、抱きしめていきたい。

麻央さんの一周忌を前に、改めて、そう感じました。

 

若年性乳がんについては、こちらの記事をどうぞ。

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